「栄養価が高いのに捨てられるなんてもったいない」。
香川県三豊市でベーカリー「空to海」を開いている大開津久美さんは、クラフトビールの醸造過程で出る麦芽粕(ばくがかす)を使ってパンを焼いている。大きな期待をせずに試作した麦芽粕のパンは、パン好きの大開さんが「美味しい」と驚くほど。
これまで廃棄されていた麦芽粕を製粉してパンを焼くというアップサイクルの輪を広げている。今回は、大開さんに話を伺った。
「美味しい」試作に手応え
手に取るとずっしり重さを感じるバゲットは、「空to海」の看板商品だ。麦芽粕からできた粉と塩、酵母、水だけで焼き上げている。断面は濃いブラウン。口に運ぶと独特の香ばしい香りが広がり、もちもちした食感でかむほどに味わいが深まる。

「私の好みに合う理想の味でした。醸造所から麦芽粕をいただいたときに、小麦粉との配合を変えながら試作していたら焼けたんです。他に試食してくれた人も『美味しい』という感想だったので、多くの人に届けたいと思いました」
きっかけは3年前の冬に、香川県内のクラフトビール醸造所から麦芽粕をもらったこと。通常は廃棄されてしまうが、食べられる上に栄養価が高いことや、パンやクッキーが焼けることが分かっていた。ビールを搾り取った麦芽粕は水分をたっぷり含んでいるため、大型乾燥機で乾燥させてミキサーを使って製粉した。
麦芽粕のパンを気に入った大開さんは、迷わず「空to海」のラインアップに加えた。名付けて「Re;malt(リモルト)」。リサイクルの「リ」と麦芽の「モルト」を組み合わせ、商標登録も取った。

小麦粉のパンと並行してリモルトを焼いていたが、どうしても従来のパンの方が売れる。
「これでは麦芽粕粉のパン(リモルト)が広がらない」と考えた大開さんは、すべてのパンに麦芽粕粉を使うことにした。食パン、あんパン、チョコパン、ぼうしパンなど。客足は離れなかった。
「リモルトに魅力を感じていました。商品をリモルトに絞って売れなかったら、それまでのこと。そう思っていたところ、続けていくうちにリモルトを焼く量が増えて、店をやっていくことができました」
「私自身はシンプルなパンが好きなのですが、お客さんは何か入っているパンを求めています。お客さんがほしいものを焼きながら、体に優しいリモルトのパンを選択肢の一つとして届けたいと思っています」
高たんぱく質・高食物繊維・低糖質が自慢
栄養面で優れていることもリモルトの自慢だ。麦芽粕粉は、たんぱく質と食物繊維が豊富で、糖質は低く抑えられている。小麦粉と比べたデータによると、たんぱく質が2倍、食物繊維も12倍と多く、逆に炭水化物は3分の1、グルテンは40分の1だった。
リモルトは「空to海」の他に香川県内の3カ所で購入でき、レストラン1ヶ所でも提供されている。公式ホームページでは通販も手掛けており、東京都内や関西から買い求める人が多い。その多くはリピーターだという。
リピーターの人からは「たんぱく質を取りたくて食べている」「小麦粉が食べられない人も食べられるので助かる」「お腹の調子が良くなる」などの声が届いている。

パンを諦めようと思ったことも
パンが大好きで、「パンしか食べない」という大開さん。だが、ベーカリーを諦めようと思ったこともあったという。10年ほど前にガンを患って入院していたときに、店を閉めようと覚悟を決めていた。
そんな大開さんを知人が見舞ってくれ「大変だと思うけれど、辞めないで」という言葉をかけてくれた。手術から目が覚めた大開さんは「私は生きるんだ」と感じたという。
パンを諦めるのではなく、素材を見直すところから、パンとの新しい付き合い方が始まった。それから数年の時間を経て、大開さんはリモルトを開発した。
「リモルトを焼き続けたい」
続けていることで、新たな出合いもある。小麦粉は地元の香川県産を使うようになった。1ヶ月以内に製粉されたフレッシュな粉が手に入ることも気に入っている。水分量が一定ではないので扱いにくいとされる粉だというが、大開さんにとっては「毎回違うことが面白い」という。

「リモルトのパンは私自身も食べ続けたいので、共感してくれる人がいる限り続けていきたいと思っています。小麦粉が入っていないパンを求めている人がいれば届けたい。たくさんある食の選択肢の一つにリモルトが入って、そこで選ばれれば嬉しく思います」
「世界中でクラフトビールは作られていますが、美味しいパンができる麦芽粕が捨てられないようになればいいなと思っています。パンは私の分身のようなもの。そのパンを好きと言ってくれると自分のことのように嬉しいです」
捨てられてしまっていた麦芽粕に、新たな命を吹き込んだ大開さん。大開さん自身の命も長い時間をかけてパンと共に再生されているように感じた。