大平さんは、生まれつきではなく、24歳のときに突然失明しました。全盲で光も感じませんが、失明してからカメラマンを目指します。なぜ見えない中でカメラマンを目指したのか、また、突然視覚障がい者として生きていくことになった人生の変化などについて聞きました。
誤って有毒な液体を…
大平さんは大学生のときに、友達と飲み会を開いていました。そこで、お酒の代わりにしようと研究室から持ち出したエタノールを、ジュースで割って飲んだといいます。
ところが、エタノールだと思っていたビンの中には有毒なメタノールが入っていたのです。そのため、その毒の作用で視神経が壊れました。そのとき飲んだ量は、致死量の3~5倍ともいわれています。
大平さんは、その毒を飲んでから約10日間、意識不明の状態になりました。その後、目が覚めても、しばらくは意識がもうろうとしていたといいます。
誤って有毒な液体を飲んだと知ったとき、大平さんは驚きとともに、丈夫な身体に産んでくれた両親へ「申し訳ない」という気持ちが強くあったと話します。また「悔しいというより、恥ずかしいという気持ちの方が大きかったですね…」と。

“2度目の人生”のスタート
そのような状況でも大平さんは、不思議と自分の今後について不安を感じることはありませんでした。
「見えないバージョン=“2度目の人生”のスタート!」と前向きに捉えていたといいます。
「一度クリアした冒険ゲームをもう一度プレイするような感覚で、だからこそもっと面白くできるんじゃないかとワクワクしていました」と。
全盲になってから、大平さんは生活訓練に本気で取り組みました。それが、まるで飛び級するようにレベルがどんどん上がっていく感覚で、楽しくて仕方なかったと語ります。
具体的には、まずパソコンに画面の内容を読み上げるソフトを導入し、インターネットを活用して情報収集やメールのやりとりを学び、世界を広げました。さらに、白杖(はくじょう)を使った単独歩行の訓練も開始。大平さんは、マンツーマンの指導で学ぶこの訓練が一番楽しく、そして全力で取り組んだといいます。訓練初日には、先生に「一人でどこまでも行ける技術をください!」というお願いをしました。
また、点字、料理、裁縫などにも挑戦。見えていたころにはできなかったこと、できていたことは「視力を使わずにやる方法」で再び習得したのです。
「工夫やコツを生かして、見えていたころの自分に追いつく、いや、むしろ追い越す!という目標を持ち、さまざまなことに挑戦し、行動しました」

さまざまなことに挑戦していく中では、大変なこともありました。それは、周りの人が大平さんに対して「困っている…」と勝手に思い込み、手を貸してくれることでした。もちろん善意で手を貸してくれることはわかるのですが、そのサポートのタイミングや内容、スピードが合わず、かえって負担になることも多かったのです。
それでも「せっかくの好意だから」と断るのが難しくて、困ることがあったといいます。
「見て見ぬふりをする優しさも、人の自立に大きく影響すると思います。場合によっては、手を貸すことで相手の自信ややる気を奪ってしまうこともあるんですよね…」と語ります。
受け入れることが一番難しい…
大平さんは生まれつき視覚に障がいがあったわけではなく、後天的に視覚障がいを持つことになりました。
自身は「比べること」にとらわれない性格で、幸いにも社会に積極的に参加できたといいます。しかし、後天性の障がいを持つ人々にとって最も難しいのは「自分の状態を受け入れること」だと語っています。
それは、先への不安やできていたことができなくなる悔しさや恥ずかしさ、それらの感情から人との交流を避けたくなること。また、以前の自分と比較してしまうことで、自信を失ったり、趣味や仕事を続けられなくなったり…。それでアイデンティティを見失ってしまうこともあるからです。
さらに、自分だけではなく周りの人と比べてしまい「なぜ、自分だけがこんな目に…」と感じることも、受け入れることを難しくする要因だと。

大平さんが失明直後、支えてくれたのは、何にでも挑戦させてくれた両親、姉弟、挑戦に付き合ってくれた小中高の同級生や旧友、応援してくれた叔父、叔母、いとこたちでした。
「彼らの存在は本当に大きかったです」と振り返ります。

大平さんがカメラマンになったのは「なろう!」というより、ただ好きなことを続けていた結果でした。最初、写真に魅力を感じたのは小学生のころのこと。家族のパーティーを撮影し、現像した写真を見たとき「自分が『ここだ!』と思った瞬間が、人を喜ばせることにつながる!」と感動したのです。
大平さんは「この体験が、僕の原点だったのかもしれません」と語ります。
そこで、失明した直後、カメラを手に取った際、あることに気づきます。それは「人の笑い声で、表情をイメージできる」「音でも状況を想像できる=撮れる!」ということでした。
大平さんの写真の撮り方は、音や香り、温度や空気の流れなど、視覚以外の4感覚を通じて、頭の中に目の前にどんな風景が広がっているかを想像してシャッターを切ります。
「たとえば車の音、噴水の音、犬の鳴き声、人の声…そういったものから頭の中にドラマが浮かぶんです。この風景を誰かに見せたい、と思ったときにシャッターを切ります」と語ってくれました。
「楽しむことが次につながる!」をモットーに挑戦を続けていきたい
大平さんの今後の目標は「置いてけぼりゼロ」の社会を目指すことです。
「選択肢があること」を大事にし、誰もが、自分の個性を生かせるシステムが当たり前になればいいな…と考えています。
また、全盲の仲間と一緒に海外旅行を実現させたいと考えています。
「全盲の人だけで旅をすることで『見えなくても、こんなに楽しめるんだ!』と伝えられる機会を作りたいと思っています」
さらに、シンディー・ローパーが大好きな大平さんの夢は、いつか直接会って『ハッピーバースデー』を歌い合うことです。
現在、大平さんは新婚旅行で「世界100都市ハネムーン」を実施中です。また、観光だけでなく、大学での講義や写真展、トークライブなども予定されています。

「楽しむことが次につながる!をモットーに人生を最高に楽しみながら、挑戦を続けていきたいと思います」と語っていました。
「目が見えないのに、カメラマンなんてできるわけがない」と私たちは固定観念を持ってしまっているかもしれません。そんな概念を覆し、大平さんはカメラマンとして活躍しています。
私たちは簡単に写真を撮っていますが、大平さんは、音や香り、温度や空気の流れなどの視覚以外の4感覚を通じて想像し「この風景を誰かに見せたい」と思った瞬間にシャッターを切ります。心の中で見える景色が一枚の写真となるのです。その写真からは、何か私たちが日常で忘れかけていることや、日々の大切さに気づかせてくれるような…そんな想いが伝わってきます。