家族写真をテーマとしている、写真家の浅田政志さん。
第34回木村伊兵衛写真賞を受賞した浅田さんの代表作『浅田家』では、浅田さんの父、母、兄、そして浅田さん自身を含めた4人家族が、ラーメン屋や消防士や極道などのさまざまなシーンに扮して家族写真を撮影しました。大ヒットしたこの写真集『浅田家』と『アルバムのチカラ』を原案として、2020年10月には映画化もされています。
今回は、写真集『浅田家』に書かれていた「どこへでも家族の写真を撮りに行きます」という言葉に惹かれ「浅田さんに両親の結婚60周年記念日の写真を撮っていただきたい!浅田さんに会いたい!」という思いで依頼した鈴木さんと、その写真を撮影した浅田政志さんのお二人に話を聞きました。
60年前と同じ場所で両親の写真を浅田さんに撮ってほしい
「今しかない家族の時間を記録、記憶しておきたくて…」という思いから、これまでずっと家族の写真を撮り続けていた鈴木さん。
「人生であと1枚しかシャッターを切れないと思ったら、きっと浅田さんと同じように家族の写真を撮ると思います」といいます。
2024年1月、鈴木さんがたまたま本屋で手に取ったのが、文庫本『浅田家』でした。読み進めるうちに強く惹かれ、共感する部分も多かったそうです。すぐに映画も観て、さらに浅田さんの家族や家族写真の素晴らしさ、かけがえのない大切さが心に響きました。その後、写真集『浅田家』も手に取り「本や映画を通して、一度も会ったことのない浅田さんに出会えたような気がしました」と語ります。
また、『浅田家』の写真集の中には「どこへでも家族の写真を撮りに行きます」と書かれていました。
それを見た鈴木さんは「浅田さんに家族の写真を撮っていただきたい!浅田さんに会いたい!」という気持ちに。そして、両親の結婚60周年の記念日が2024年11月末と迫っていたため、その記念写真を浅田さんにお願いできたらと「とても気軽な気持ちで写真集に書いてあった連絡先にメールしてしまいました」と話す鈴木さん。
「実はそのとき、あまりにも浅田さんのことを知らなすぎて、今思うと本当に申し訳ないのですが、こんなに有名な写真家さんだとは思っていなかったんです…」と話していました。
間もなくして鈴木さんのもとに、浅田さんから「写真を撮ります」という連絡が入ります。鈴木さんは息子さんと娘さんにそのことを話しますが「あんなに有名なすごい写真家さんに、うちの家族写真なんか撮ってもらえるはずない」と言われたのです。
息子さんと娘さんは、Instagramなどで浅田さんの仕事や活躍を知っていたため「おかん何言うとるの?」って感じだったといいます。
しかし、本当に浅田さんに撮ってもらえると分かってからは、家族みんな嬉しくて、その日をとても楽しみにしていました。ただ、主役であるご両親にだけは「サプライズにして驚かせよう!」と当日まで何も言わずに計画を進めることに。
鈴木さんは「浅田さんは両親の結婚や新婚旅行、思い出の写真、結婚60周年の撮影、普段の生活や歩んできた人生まで、たくさん話を聞いてくださいました」と話します。

そして「今回60年前と同じ場所で両親二人の写真を撮っていただきたい」と鈴木さんがお願いしたところ、快く引き受けてくださったのです。
「これほど家族や家族写真への思いに共感できる人はいないのではないかと思うほど、大好きになった浅田さんに、この記念の1枚を撮ってもらえたら…家族の宝物にしたいと思いました」
撮影当日の早朝は、両親以外の家族が、鈴木さんの家に集合して打ち合わせをすることに。浅田さんには、直接近くの両親の家へ来てもらおうと思っていた鈴木さんでしたが、なんと、浅田さんも鈴木さん宅での打ち合わせに来ていただけることになったのです。
浅田さんは写真集にサインをしたり、5人の子どもたちと遊んだりしてから鈴木さん家族とみんなで、ご両親の家へ行くことになりました。そのとき「両親には、私たち夫婦と旅行に行くから家で用意して待っていて…」と伝えていたといいます。
鈴木さんのご両親宅に着き、まず「結婚60周年おめでとう」と書いた画用紙を持って一人ずつご両親の前に立ちました。そんな様子を見て、びっくりしている二人に、子どもたちがプレゼントを渡してサプライズを伝えます…。
「そこで、浅田さんが自ら両親に今回の撮影のことを説明してくださり、わが家の仏壇にも手を合わせてくださり(涙)…ありがたすぎました」と鈴木さん。
そして、まずは家の中で撮影をしました。いつもみんなが集まるリビングの壁に「結婚60周年おめでとう」の文字を貼り付け、おそろいのTシャツを着て撮影。
「お天気がいいからもったいない」と言ってくれた浅田さんは、いつもご両親が野菜を作っている畑や、シイタケ小屋での撮影もしてくれたといいます。
その間もご両親の話にずっと耳を傾けてくれていたという浅田さん。すぐに鈴木さんのお母さんは、浅田さんの大ファンになりました。
念願叶ったあの日の1枚は家宝に
浅田さんの車を含む4台で潮岬へ出発。途中、ウミガメ公園に立ち寄り、お弁当を買って昼食をとりました。そこでも浅田さんは鈴木さんたち家族と輪になって談笑し、子どもたちとも楽しく遊んでいたそうです。
「写真を撮ってもらえるなんてありえないと言っていた息子や娘も、浅田さんの気さくさに驚いていました」と鈴木さんは話します。
そして、いよいよご両親の思い出の場所、潮岬へ到着しました。
ここでも、また、サプライズをしました。それは、何も知らないご両親に、息子さん夫婦がウエディングドレスとタキシードに着替えさせ、子どもたちはヒヨコに…大人はにわとりの帽子をかぶり、赤鶏家族と書いたTシャツを。

「なぜにわとりとヒヨコなのか」ということについて、鈴木さんはこう語ります。
「両親は1964年に結婚し、5年前まで自営の養鶏農家を営んでいました。二人三脚で休みなく働きながら、私と妹、そして3人の孫にもたくさんの愛情を注いでくれました。今では5人のひ孫をかわいがっています。私たちのLINEグループ名『赤鶏家族』は、両親が大切に育てていた赤鶏にちなんでいます」
今回の撮影では浅田さんのアイデアから、息子さん夫婦が赤鶏家族Tシャツを作ってくれたそうです。何が何だかわからないまま、ドレスとタキシード姿になったご両親と、にわとりとヒヨコ姿でわいわいと撮影が始まりました。
新婚当時は軽々とおばあちゃんを支えていたおじいちゃん。
「60年という月日の間に大きく成長したおばあちゃんを支えるのは、身体も硬くなり、結構大変そうで…孫が、写らないように後で丸まって支えたり…」と鈴木さんは笑いながら話します。

また浅田さんの合図で、子どもたちが2人に「笑って〜!」とかけ声をかける場面も。
浅田さんは、60年前に潮岬タワーをバックに撮った写真画像を何度も確認しながら忠実に再現してくださったといいます。
「ここでも子どもたちと遊び、両親の話に耳を傾けてくださいました。何より、素人家族の写真を撮るためにこんな遠くまで来ていただけたことが、一生忘れられない素晴らしい時間になりました」
さらに「両親は60年前、こんな未来が来るとは想像もしていなかったと思います。家族写真を大切にする浅田さんに、私たちのかけがえのない記念日を撮っていただき、共に時間を過ごせたことは、家族にとって最高の宝物です。感謝の気持ちでいっぱいです」と語ります。
浅田さんに出会った鈴木さんは「家族写真は家族そのものであり、家族時間そのものであり…これからもずっと大切にしていきたい」と改めて感じたと話していました。
潮岬タワーをバックに浅田さんに撮ってもらった写真は、現在ご両親の家のリビングに飾られており、家宝となりました。
約100家族の撮影をしてきた浅田さん
浅田政志さんは、最初は自分の家族を撮影した作品で写真家としてデビューをし、それがきっかけとなり、他のご家族の撮影も始めるようになりました。
そして2021年11月には「浅田撮影局」を立ち上げ、個人の家族写真撮影を本格的に開始し、これまでに約100家族の撮影を行ってきています。

浅田さんは、撮影時に小さいお子さんがいる場合は、警戒心を持たれないよう、距離感を大切にしながら撮影するように心がけているといいます。また、その家族の思い出の場所で撮影することを重視することで、より深みのある写真を撮ることができるとも話していました。
また、データだけでなく、プリントして額装し、家に飾れるようにすることまでをパッケージとして提供することを大切にしています。
「写真は時間とともに価値が増していくと考えているため、家に飾って末永く写真を身近に感じてほしいです」
今後の写真業界は、AIの進化によって大きく変わっていくだろうと話す浅田さん。しかし浅田さんは「画像生成技術が進化する中で、家族写真は出来事を現実として写真に残す行為なので、実際に撮影する意味が大きく、AIでは代替できない価値があると考えています」と話していました。
1964年に撮ったモノクロの写真と同じ場所で、60年後の2024年に写真が撮れるなんてこんなに素敵なことはないでしょう。その写真は、浅田さんに依頼をした鈴木さんとご家族、そして浅田さんとの出会い、そしてそのつながりによって完成できたものでした。家族写真を大切にする浅田さん、そして鈴木さん家族のご両親への思いがあったからこそ、生まれた1枚なのではないでしょうか。
満面の笑みでほほえむ鈴木さんのご両親、そしてにわとりとひよこに扮したご家族、この1枚は最高の宝物ですね。