寝たきりや車いすを必要とする障がいのある方、または精神障害を抱え、人と顔を合わせたり人前に立つことに緊張してしまう方は「働けない」という固定観念を持ちがちです。ですが、人間誰しも必要とされたいという気持ちがあり、それによって生きる力を得るものです。
株式会社オリィ研究所が運営する「分身ロボットカフェ」では、さまざまな理由で外出することが困難な方々が分身ロボットを遠隔操作し、サービスを提供する常設実験カフェを行っています。
「人類の孤独の解消」をミッションとし、テクノロジーによって、人々の新しい社会参加の形の実現を目指している株式会社オリィ研究所の所長、吉藤オリイさんに話を聞きました。
分身ロボットカフェとは
「分身ロボットカフェ」とは、一見普通のカフェに見えますが、店員がロボットの姿をしています。それは今流行りの人工知能などではなく、すべて人が遠隔で操作をすることによってロボットが動き、接客をして店員として働いています。

働いている方たちは、移動困難な病気を患っている方や入院している方など、重度障害があり寝たきりと言われるような本当にベッドの上から動くことができない方たちもいるといいます。また、特別支援学校を卒業したとしても就職率は5%と言われている重度肢体不自由の方たちもいます。
当事者だけでなく、障がいのある子どもの介護のために仕事を辞めた方たちも働いています。
そのような方たちがこのロボットを遠隔で操作することで、たとえ寝たきりであっても働くことが可能になります。この仕組みを実現するための実験場として機能し、開発を進めているのが「分身ロボットカフェ」です。
「常設実験店として、新しい働き方や顧客満足を追求するカフェです」と話す吉藤さん。
「働く、役割が得られることで孤独は解消されやすくなる」
吉藤さんはもともとカフェがしたかったわけではなく、飲食店、接客業をしたかったわけでもありませんでした。
吉藤さんが行っている研究は「孤独を解消する」というのがテーマ。
「17歳のころからどうすれば人類の孤独を解消することができるのかということをずっと考えてきました」
会社を設立する前は車いすを作っていた吉藤さん。そのうちに、車いすがあっても、外に出ることが難しい方がたくさんいるということに気づきます。その後、そのときは今ほどAIは発達していなかったので「対話型の人工知能があれば人の孤独が解消できる、人工知能による会話ロボットを作ろう」と考えました。
しかし「人との出会いが人生を変える。孤独からの解放には人の存在が必要」と考えるようになります。
人工知能での会話も悪くはないのですが、それより先に、人と会話するハードルを下げる福祉機器が必要ではないかと考えました。そこで人工知能の研究をやめ、VRやオンラインゲームでのコミュニティ作り、SNSを使った試みなど、さまざまなアプローチを試してみました。
そこで気づいたのは「自分の体を自由に動かせない方の壁が高すぎる」という課題でした。また、吉藤さん自身にも3年半ほど学校に通えなかったことがあり、天井を眺め続けるだけの生活で生きている理由すらもわからないという、本当に辛い経験がありました。そこで、そうした方たちの「心を運ぶ車いす」を作れないだろうか、という発想が生まれ、それがOriHimeというロボットの開発につながったのです。
その後、例えばALS(筋萎縮性側索硬化症)などの方たちと出会い、彼らにOriHimeを使ってもらうことを始め、いろいろなものを作りました。
※ALS(筋萎縮性側索硬化症)…手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気。
彼らは、OriHimeを使うことで旅行に行ったり、家族と時間を過ごしたりできるようになりました。その光景を目の当たりにした吉藤さんは、彼らは“家族に支えてもらう”のではなく、自分が誰かに感謝されたり、役に立ち、家族を支えたいと強く思っているんだと気づきます。
また、大学生時代に4年間キャンプ場で働き、説明や接客を行っていた経験を思い出しました。その経験が後の人生に大きな影響を与えたことから、肉体労働や接客業といった実践的な活動を通じて、徐々に社会を理解していくことができるのではないかと考えるようになりました。
その結果、ロボットに役割を出すわけではなく、寝たきりの方がロボットを使うことによって、役割を持って働いてお客様からお金がもらえるという、そういったモデルとして一番に考えたのがカフェだったのです。
そして「分身ロボットカフェ」事業の立ち上げに至りました。

分身ロボットカフェでは、ロボットが接客の役割を担うことになります。そのことについて吉藤さんは「ロボットですが、人そのものだと思っている」と話します。
「中の人がロボットという、ある意味ぬいぐるみを着て接客しているようなものです。だから、私にとってOriHimeロボットというのは車いすと同義で、あくまで移動手段だと考えています」と吉藤さんはいいます。続けて「私はコミュニケーションに自信がない方の話もたくさん聞いてきましたが、世の中にコミュ症というものはほとんどないと思っています。それは単純に、自分と相手の間に共通のプロトコルがないだけだと感じています。共通言語は同じでも、何か心地よく感じるものが合う人と合わない人がいるだけだと思うんです」と続けました。
さらに「そこで、接続の仕方を変えたり、出会い方や役割を変えることで、話せなかった方でも話せるようになると考えています。実際に、見た目をロボットにすることで『OriHimeの姿の方が会話しやすいですね』と言われることも多いんです」とも話します。
「これは面白い点です」と語り「OriHimeを使って接客すると、意外とかわいらしく見えたり、手を挙げるだけでみんなが振り返してくれることもあります。生身の人よりも早く仲良くなれるかもしれません。ロボットだからこそ、より人間らしい接客ができるのかもしれませんね」と話しました。
「障がい者支援ではなく、お客様が楽しめて価値を感じるカフェを目指したい」
障がいのある方を雇用することで得られる助成金や補助金を利用するのではなく、本当にビジネスとして純粋にお金を得て、場所代を支払い、顧客からの収益で利益を出すことが実現できる状態にすることを重視したかったと熱く語る吉藤さん。
「ここできちんと持続可能なモデルを作ることができるのか、ということへの挑戦がなければ苦労も少なくもっと楽だったかもしれません。これにこだわり2年ほど行い、赤字だったらもう撤退しようかっていうぐらいの覚悟でした。我々OriHimeパイロットのメンバーたちも含めて一致団結するには、とにかくいろいろなこと言ってみようと、本気で事業に向き合うことができた要因の一つがそれだったのではないかと感じます。挑戦の設定と、その挑戦への強い思いが結果的に現在きちんと黒字化して継続可能なカフェというモデルを作ることができた理由の一つかなと思っています」
※OriHimeパイロット…分身ロボットOriHimeで働く方々のこと
海外の方もたくさん訪れるカフェに…
吉藤さんは「やはり働くということが人の孤独を解消させるんだという仮説は正しかった」といいます。それはこうした経験や思いからでした。
「忙しいから休みが楽しく、嬉しく感じるんです。だから休みが当たり前だと、休みのありがたさっていうのが薄れます。だからこそ役割を持つことで自己肯定感が得られ、人と出会える未来を目指したいです」
また「家族以外と話す機会がなかった方が『10年ぶりに手帳を買い、スケジュールが埋まるのが嬉しい』と話してくれました。仕事を楽しんでいる様子は、接客されるお客様にも伝わり、はつらつとした接客が喜ばれると思います。また、その姿勢は一緒に働く仲間にも良い影響を与えています」と吉藤さんは話していました。

「分身ロボットカフェ」は、広告なしで口コミだけで広まり、海外からの訪問者も多いといいます。その理由は、障がい者が働いていることを応援するだけでなく、純粋に「面白い」とか「日本の観光地」といった理由で楽しんでもらえているからです。また、店員との会話や英語ができる店員がいることも、訪れる理由となっているようです。吉藤さんは、こうした場所は確かに珍しいと感じています。
見知らぬ土地で一人旅をしていると、どの店で何を聞けばよいのか分からず、情報を得るのが難しいことがあります。また、現地の方々があまりコミュニケーションを取らない場合、さらに情報収集は難しくなります。その点、分身ロボットカフェは「会話ができる」という意味で価値があり、吉藤さんはその意見に納得したといいます。
障がいの有無に関わらず、働いている方たちの前向きな姿勢や「本当に働いていて楽しい」と感じるような接客を受ける場所は少ないかもしれません。その点が、海外の方々にも多くの口コミを通じて広がったのではないかと話しています。
寝たきりになる可能性は誰にでもある
私たちは、普段毎日会っている人たちが世界のすべてだと錯覚します。外を歩いていても、車いすを利用している方や呼吸器をつけている方を見かけることは少ないでしょう。
そのため、世の中ではみんなが外に出られていると思いがちですが、実際には外に出ることが難しい方がたくさんいます。吉藤さんは「いつか我々もそうなります。両親や、場合によっては生まれてくる子どもが寝たきりになる可能性もある」といいます。
これまでは体を動かすことができることを前提として世の中はすべてデザインされていますが、そうではないものを作りたいということが、やりたいことの一つです。
また、やりたいことは数多くあるといいますが、その中でもOriHimeパイロットの仕事を増やしていきたいと話します。

分身ロボットを使うと体で活動ができなくなっても、身の回りのものを取ることもできるでしょう。
「寝たきりの方が切り盛りするスナックといったものがあってもいいかもしれません。お客さんに料理を作ったりお酒を注いだりすることで、普通のバーのようにもてなすことができます。ここでは、ロボットがマスターを務めているものの、その背後で立つことができなくなった入院中の方が操作をしている状態です。または、余命宣告を受けた方かもしれません。そのような方が『最後の瞬間まで自分らしく生きていきたい』という思いで淹れてくれるコーヒーの味というものを飲むときに我々は豊かさを感じるかもしれない。 」
吉藤さんは、自分自身が人生のラストをそうやって迎えたいと思っているので、こうした未来を描いているといいます。
「そういうものを目指して行きたいし、一緒に目指したいと言ってくれる方々と一緒に仲間を増やしていきたいと思います」
たとえ今元気に過ごしていても、寝たきりになる可能性は誰にでもあります。
しかし、こうした取り組みを知ることで、寝たきりになったとしてもその先の人生を考えることができるかもしれません。
また、寝たきりの生活を送っている方や、障がいがあって外で働くのが難しい方、介護のために外へ出られない方への希望にもなるでしょう。