ナルコレプシーという病気を知っていますか?
ナルコレプシーは居眠り症とも言われ、日中に過度の眠気に襲われたり、通常起きている時間帯に自分では制御できない眠気が繰り返し起こるのが特徴の病気です。
この病気を患っている、川崎俊(かわさき すぐる)さんに、日常生活や仕事についてなどの話を聞きました。
起きていたくても起きていられない「ナルコレプシー」
川崎さんに最初の症状が出たのは小学校4年生のときでした。授業中に寝てしまうことから始まり、移動教室のときにも寝てしまい、起きたときには誰もおらず教室に一人だった…ということがあったといいます。そうしたことから、だんだんとおかしいな…と思うようになり、ご両親へ相談してみることに。ご両親がインターネットで調べたところ、ナルコレプシーという病気があることを知りました。
その当時の川崎さんは、授業中に寝てしまうことについて「悪いことをしているみたい」という気持ちを抱いていました。
その後、中学校に上がるタイミングで専門の医療機関を受診し、ナルコレプシーと診断されます。
中学校では、授業中に起きていたくても起きていられないことがあり「先生の目につく生徒になってしまっていたんじゃないかな」と話します。また学生だったこともあり、勉強についていくことが大変でした。先生たちへ症状の説明もしており理解を得ていたのですが、わざと寝ているのか、病気で寝ているのかの違いが外から見たら分からなかったと振り返ります。だからこそ、川崎さんが寝ている状況に「先生は困っていたし、お手を煩わせていたんじゃないかな…」といいます。
診断された当時「寝てしまうのが病気のせいで、怠けているからではないということが証明されたようで内心ホッとした…」という心境だったと話す川崎さん。一方、医者から病名を伝えられたことで病人、障がい者としてカテゴライズされてしまうことに対する不安もありました。安心と不安が混ざった、複雑な感じだったといいます。
川崎さんはナルコレプシー1型で、日常的に睡眠発作と情動脱力発作が症状としてあります。睡眠発作は数時間に1回で、気がついたら眠ってしまっているといいます。また、気分が高まったときに体の力が抜けてしまい、ひどいときには立っていられなくなるのが情動脱力発作の症状です。どちらの症状も毎日見られると話します。
※ナルコレプシーには1型と2型があり、情動脱力発作を伴う場合を1型、伴わない場合を2型といいます。
不眠症専門サロンの仕事に就くことに…
今でこそテレビ番組などで取り上げられるようになり、少しずつ知られてきたナルコレプシーですが、川崎さんが発症した当時は、インターネットで調べても患者会のホームページが出てくる程度で、まったく認知はされていなかったといいます。
川崎さんは、起きていたくても起きていられない症状に対して、最初は病院で薬を処方してもらっていました。しかし、副作用で頭が痛くなるので薬の服用をやめてしまい、高校3年生まで飲まずに過ごしていました。寝てしまうことへの対処法はあまりなく、根性で起きていたといいます。
たとえば、皮膚をボールペンで刺したり、頬に薬品ローションを塗ったりして、起きていられそうだと思うことをずっと試すのです。自分に刺激を与えることで起きていられるように努力をしていました。
ナルコレプシー1型という診断によって、生活自体は特に変わりなく送ることができましたが、大学受験のときに自分が勉強したいと思っているのに寝てしまい、勉強ができないというところに悩み始めたといいます。
「やりたいことや取り組みたいことがあるのに、眠気によって邪魔をされてしまうことへの悩みは大きかった」と語ります。
その後就職し、初めは病院で働いていた川崎さん。
それには「病院だから病気のことを勉強しているし、自分に対しても理解してほしい」という思いもありました。しかしうまくはいかず、あまり理解してもらえないということに負の感情を抱えたこともありました。
そこで転職をしますが、転職先では仕事の途中で寝てしまう川崎さんに文句を言うスタッフがいました…。川崎さんは「スタッフの気持ちを考えたら、それも確かにそうだな…」と客観視できるようになったことに気づきます。そのころには俯瞰して自分を見られるようになっていました。
最終的には「やることをやりきっていれば文句は言われないじゃん」と思えるようになります。そして人間関係に関してはうまくやっていくしかないと考えていた…と当時のことを思い出しながら語ってくれました。
ナルコレプシーであることを理解してくれているご家族や友達は、川崎さんが寝そうになっていると起こしてくれたり「ちょっと寝たら」と声をかけてくれたりしました。また、悩んだときのつらい気持ちにも寄り添ってくれたのです。しかし「逆に言えば、そういったサポートしかできないのです」と話します。
ナルコレプシーの病による睡眠は夜中に眠くなる睡眠とは異なり、我慢できない睡眠なのです。そのため、思考も止まってしまいます。仕事中の場合は、起きたい感情が強いからこそ、手は動いている…と川崎さん。でも脳は寝ている状態。何を会話したかなどは覚えていないほど強い眠気に襲われるといいます。
早くて2~3分でスッキリして起きることもあり、遅いと30分~40分寝ていることもあります。だいたい平均10~15分くらい寝たらスッキリすると症状について話してくれました。
川崎さんは現在、不眠症専門サロンで働いています。
中学生のときにナルコレプシーの診断を受けて、それから睡眠に興味を持ち始めました。また、進学した大学が医療系だったため、睡眠についての論文・資料を読み漁ります。そのため、睡眠についての情報を知りすぎて、主治医の先生に「君はそこらへんのお医者さんより詳しいから、病院(うち)に来たとしてももう知ることないでしょ」と言われたことが、不眠症専門サロンの仕事に就くきっかけとなりました。
「それくらい詳しくなれているのだったら、逆に自分がサポートできることもあるのかな」 と考えられるようになったといいます。
不眠症専門サロンでは、理学療法士としてお客さんが笑ってくれて、悩みを改善できたときにやりがいを感じると話します。
「眠れるようになったこと、施術やサービスが気持ちよかったと言ってもらえること、膝・腰が痛いという悩みをもって来院し、それが解決したときにやりがいを感じます。 同じ悩みを持つ方の悩みを解消できることがそこにつながるのかなと思います」
ナルコレプシー当事者と当事者ではない人に伝えたいこと
現在、個人事業主として従業員も抱えて仕事をしている川崎さん。そのため、自身が眠くなるリスクを抱えて現場に立つことはなくしていきたいと考えており、これは病気との付き合い方のうちの1つでもあると話します。
「寝ても支障がないよう、環境をなるべく若いうちに整えていくことで病気をうまくコントロールしていきたい」と。
また睡眠に関する教育を進めていくために小学校で講座を開いており、そこでは「小学生のころから睡眠が大切だ」ということを川崎さんは伝えています。
周りにナルコレプシーなどの病を抱える人がいない限り、実際に自分が困ることや本当の意味で理解をすることには繋がらないと考えています。最近は小学生がYouTubeを見てなかなか寝ないということが教育現場において問題にもなっているため、そういったところを教員とは別の視点で話していきたいという思いがあります。講座では、真面目に聞いてくれる小学生もいたと話していました。
川崎さんは、ナルコレプシーの当事者として本を出版しています。さらに、ナルコレプシーという病気があることを発信し、病気自体の認知を広げる動きをしていきたいのが今後の目標でもあります。
「勉強もたくさんしてきたからこそ、自分が誰かの参考になれる部分は多いと思う」といいますが、現在の川崎さんは仕事で精一杯になっており、発信にはそこまで手が回らなくなっているのも事実です。
そこで以前、川崎さんが「ナルコ会」という患者会の理事をやっていたことや、本を出すための情報発信をしていた時期に知り合った同じ症状を抱える仲間たちと「今こういう動きがあるから協力してとか、厚労省にお願いしに行くための動きをしているんだ」などの情報交換をしています。
川崎さんにとって、仲間の頑張っている姿は自分も頑張ろうと思える大切な存在です。中には過眠症の人もいるため、今後はその人たちと協力し合いながら、できる範囲で発信をしていけたら…と考えています。
また川崎さんには、ナルコレプシーの当事者と当事者ではない人に向けてそれぞれ伝えたいことがあります。
当事者ではない人に伝えたいことは「当事者ではない人からすると、ナルコレプシーの方はさぼっているように見えてしまうかも知れません。しかし、明らかにたくさん寝ていたら異常なんじゃないか?って思うでしょう。そのような人がいたら、さぼっていると思う前に『とりあえず病院行ってみたら?』と嫌味などは抜きにして、シンプルに心配する気持ちで言葉をかけてあげられるような優しさを持ってくれたらいいのかな」ということです。
ナルコレプシーの当事者の方には「厳しめの言い方かもしれませんが、病気になってしまったことは仕方ないと思います。そこで、自分ができることを増やしたり、動ける時間を管理したりして、何ができるのか明確にし『働く・どこかに雇用される』『自分で何かする』動きをしなければならない」ということを伝えたいといいます。
また「行動自体は何でもいいんです。病気が辛いのは自分もそうだからわかります。しかし、その上で何をするのかを頑張っていかないと、病気を言い訳にしているとしか思われないのが現実。厳しいかもしれないけれど『できることって何なんだろう』を考えながら日々を生きるしかないのかな」と。当事者ではない人、当事者として悩んでいる人、それぞれへの大切な思いを語ってくれました。
仕事中などに突然寝てしまう人がいたら、怠けている、さぼっているだけと思うかもしれません。しかし、もしかしたらナルコレプシーなどの病を抱えていることも考えられます。また、もしも自分に制御できない眠気が起こったとしても、ナルコレプシーという病気を知らなければ、自分自身で悩みを抱えてしまうかもしれません。
そうした方に出会ったら、まずは「とりあえず病院に行ってみたら?」などの優しい言葉をかけることが必要なのではないでしょうか。