推しは目覚めないダンナ様

推しは目覚めないダンナ様
ご主人とそらさん(@soraeurecaさんより提供)

2017年に不整脈で倒れ、低酸素脳症となり「植物状態」と医師に診断されたご主人がいる、そら(@soraeureca)さん。ご主人との様子をイラストエッセイ漫画にしてSNSで発信しています。さらに、その漫画は『推しは目覚めないダンナ様です』として書籍化もされました。

ご主人が倒れてから、7年間献身的に病院へ通い続けています。今回はそらさんが病院に通い続ける理由や、ご主人との日常を発信するようになったことなどについて話を聞きました。

※低酸素脳症…酸素供給が不十分な状態によって脳に酸素不足が起こる病態です。 具体的には、脳への酸素供給が減少することで酸素濃度が低下し、脳細胞が損傷を受ける状態を指します。

植物状態と告げられたご主人

ご主人は2017年の34歳のときに、突発性不整脈が起こり心肺が停止しました。

目の前で倒れたご主人は、口から泡が出ていて失禁しており、心肺停止状態だったといいます。そらさんはパニックになりながらも119番に電話。

「救急車が到着する間、ずっと心臓マッサージをするようにと電話先の人が説明してくれていたので、心臓マッサージをしながら『お願いだから心臓動いて!』という気持ちでした」とそのときの様子を振り返ります。

病院に到着しご主人は一命は取り留めましたが、心肺が停止している時間が長かったため低酸素脳症となり、脳に大きな障がいが残りました。そして「植物状態」と医師から告げられます。
それから、そらさんの病院通いとご主人の病院生活が始まりました。

ご主人とそらさん(@soraeurecaさんより提供)

ご主人は目は見えていませんが音は聴こえており、痛いことを嫌がるといいます。とくに鼻と耳の掃除を嫌がるようです。そのため、そらさんは「寝ているときが、鼻掃除、鼻毛カットのチャンス」といいますが…。いざやろうとすると、目がパッチリなんてことも。

ご主人とそらさん(@soraeurecaさんより提供)

面会時のご主人の様子について聞いてみると「私が面会に行って声をかけたり、顔のケアをしたりする間は目を開けてくれることが多いです。面会に行っている間、ずっと寝ていて目を開けなかったということはありません。視力はないので、目が開いていても起きているのか、目をつむっていても寝ているのか起きているのかはわからないです。夜勤の看護師さんが『夜に目を開けていましたよー』と教えてくれることもあります」と話してくれました。

食べ物を飲み込めるように

2017年に倒れたご主人の看護は、現在8年目に入りました。

これまでに大変だったことは、ご主人が倒れて救急病院に運ばれて数日後、歯ぎしりと食いしばりが激しすぎて下の歯が折れたこと。また、鼻から通していた経管栄養の管が苦しかったようで、数時間むせ込み続けて全身の汗が止まらず苦しんでいたことでした。

「どちらも本人が大変だったと思うのと、私もどうしてあげることもできずに大変な思いをしました」と話します。
また、食いしばりでそらさんの指を噛んで口を開けてくれなかったときに、指が大変なことになってしまったと語ります。

大変だったこともたくさんありましたが、その中でも嬉しかったことは、言語聴覚士さんのリハビリのおかげで口から食べ物を飲み込めるようになってくれたこと。

※言語聴覚士…ことばによるコミュニケーションに問題がある方に専門的サービスを提供し、自分らしい生活を構築できるよう支援する専門職です。また、摂食・嚥下の問題にも専門的に対応します。

はじめは口腔用綿棒にコーヒーをつけて凍らせたものでした。

コーヒーに口腔用綿棒をつけて凍らせたものを飲み込めたご主人(@soraeurecaさんより提供)

それからプリンやゼリー介護食などに進み、現在ではそらさんの作った野菜を細かくつぶしたカレーなども食べられるように…。

カレーを作ってきたそらさん(@soraeurecaさんより提供)
カレーを飲み込めたご主人(@soraeurecaさんより提供)

ご主人の看護をするうえで「主人は今病院にいるため、看護は病院の皆様にしていただけています。私は自分にできるケアくらいしかできないのですが、主人がいてくれるということが私の原動力になっていると思います」とご主人への思いを話します。

毎日の面会が可能に

毎日病院に通っていたそらさんでしたが、新型コロナウイルスの流行により面会禁止となり、洗濯物の交換のみ(ご主人には会えない)から、5類に移行後は月2回の対面面会となってしまいました。そして、2024年の4月から毎日面会が可能に。

30分の面会ですが、そらさんにはやりたいことがたくさんありました。

面会を喜ぶそらさん(@soraeurecaさんより提供)

「とにかく嬉しかったです!コロナ禍の3年間会えなかったので嬉しい気持ちと、その3年間、主人に大きな変化なく過ごしていてくれたことは病院の皆様のおかげで、ありがたいなと思ったのと、また面会できる体制を整えてくれた病院に感謝の気持ちでいっぱいでした」と、面会できる嬉しさと病院への感謝の気持ちを話してくれました。

SNSでの発信が書籍化に…

そらさんの職業は美容師で、お客様に医療関係の仕事をしている人が多数いました。
自身が、ご主人が病気になって何をしていいのかどうしたらいいのがまったくわからなかったときに、その人たちから、手浴、歯磨きの仕方、刺激の与え方、シーツがよれているときの背抜きのやり方など、さまざまなことを教えてもらったといいます。

※手浴(しゅよく)…温かいお湯を利用して手を丁寧に洗うこと。

「教えてもらわないとわからないことばっかりだった…」とそらさん。
そこで、もし他に同じような病気になった人がいて、その家族の人がどうしたらいいのかわからないと思ったときに、主人と私の体験談が少しでもお役に立てることができたらいいな…と考えるようになります。

そして、コロナ禍で面会できなくなってしまった時間を使って、ご主人との日常をイラストエッセイ漫画にし、SNSで配信していくことにしました。

その漫画は、後に『推しは目覚めないダンナ様です』として書籍化されることになります。

『推しは目覚めないダンナ様です』(@soraeurecaさんより提供)

SNSで発信をし始め、そらさんにはこうした気持ちの変化がありました。
「書籍化のお話がきたことが1番の変化だったと思います。書籍の担当の方も『いろいろな人のお役に立つことができるといいですよね!』と言ってくれたので、病院生活を描いてみてよかったんだなと思いました。発信でも読んでいただけているのと、書籍としても読んでくれる人がいると思う気持ちの変化がありました」

また、漫画にはたくさんのコメントが寄せられています。

そうしたコメントについて「主人のことを応援してくれたり、私が嬉しかった出来事を読んでくれた方が自分のことのように喜んでくれたり、漫画の内容や書籍で描いたことなどを『実践してみます!』と言ってくれたり…。また、医療従事者の方からは『これからも患者さんやそのご家族のために頑張ります』と言ってもらえました。心に残ったのは、医療従事者を目指している学生さん達からの『頑張ります』というコメントです。あと私が主人に対しての推し活を、共感や理解してくれているコメントを読むのもとても楽しいです」と語っていました。

同じような病気の家族の気づきになれば…

そらさんは、今後も当初と変わらずご主人との日常について発信していきたいといいます。

「私の主人は8年前に低酸素脳症になり、その体験談を漫画に描いていますが、今でも『家族が同じような状況になり病気について調べているうちにそらさんの漫画に辿り着きました』とメッセージくれる方もいます。そのため当初と変わらず、同じような病気になった方の家族や身近な方の何かの気づきになればという気持ちと、医療関係者の方にも日々の感謝を伝えていけるといいなと思っています」

そらさんの本当の思いは「病気になる前のもしくは病気が治った主人と過ごす日常を送りたい!」ということ。しかし「現実的にそれはとても難しいことなので、主人には毎日穏やかに過ごしてもらえるといいな…と思います。私は主人に会えることが日々の癒しになっています」とご主人への気持ちを話していました。

元気だった人が突然倒れ、植物状態になる…ということは誰にでも起こりうる可能性があるでしょう。突然ご主人が倒れ、日常が一転してしまったそらさん。戸惑いもたくさんあったと思いますが、漫画を通してご主人に対する思いやそらさんの気持ち、医療関係者の方々への感謝の様子が伝わってきました。

こうしたそらさんの発信は、同じような病気になったご家族や身近な人の大きな力となり、また大きな支えとなるでしょう。

この記事の写真一覧はこちら