34歳という働き盛りで脳出血を発症し、後遺症で左半身に麻痺が残ってしまったいずみともひろさん(@zoome1126)。しかし、絶望の中でも諦めず大好きな「スニーカーを履く」という目標を掲げ、それを達成したのです。
現在もリハビリを行っているいずみさんですが、スニーカーを履くまでには大変な苦労がありました。リハビリの効果が感じられず「本当にやっていて意味があるのかな…」と思ったこともあるといいます。しかし「目の前にあることをコツコツと続けていてよかった」とInstagramやYouTubeなどでこれまでの様子を投稿。
そんないずみさんに、投稿を始めるまでの思いや今後伝えていきたいことなどを聞きました。
※脳出血…脳内の細い動脈が破れて脳組織内に出血する病気で、脳卒中の症状のひとつ。
出典:横浜新都市脳神経外科病院『脳出血について』
脳出血について | 脳出血の症状と治療法| 医療法人社団 明芳会 横浜新都市脳神経外科病院
急に呂律が回らなくなり…
2021年10月、友人とカラオケに行ったときに急に呂律が回らなくなったいずみさん。そして「トイレで休む」と言ったきり気を失ってしまい、気づいたときにはベッドの上に。
「それまで特に自分自身、違和感はありませんでした。友達から呂律が回ってないと言われましたが、それすら自分で分かってなかったと思います」と変化を感じていませんでした。
緊急搬送となり、意識がもうろうとしていたとき「『出血してます!脳出血してます!』という声がうっすら聞こえた気がして、これは大変なことになったなぁ…と思いました」と当時のことを振り返ります。
緊急手術が行われ、手術は成功しましたが10日間の昏睡状態が続きました。そのときのことを「夢を見ている感じだった」と話してくれました。
倒れてから10日後、意識が戻ったいずみさん。
「せん妄のせいで右手を縛られていたので『捕まってしまった!何とか逃げないと!』と思ったのを覚えてます。頭もぼーっとしてたので、このときの僕は本当の意味では何も分かってなかったんだと思います」
※せん妄…身体的な負担がかかったときに生じる意識の混乱で、精神機能の障害の一種。
左半身に麻痺、そしてリハビリへ
脳出血の後遺症として、いずみさんには左半身に麻痺が残ってしまいました。
「1人でベッドから立つことができない。歩こうとしても足が出ない。体幹も麻痺していて座っていることすらできない。1人でトイレに行くこともできない。今まで当たり前にできていたことが何ひとつできなくなってしまったので『この先どうやって生きていけばいいんだろう?』と、とてつもない不安に襲われました」とそのときのことを語ります。
中でも「オムツは本当にキツかったです」と…。
その後いずみさんは、リハビリ病院に転院し本格的にリハビリを始めます。左側が全然動かない、立てない、歩けない状態からのスタートでした。
「俺はこんなところで終わるわけにはいかない。早く退院して自分の足で彼女に会いに行くんだ!ってのをモチベーションに頑張りました!」と、当時の自分を奮い立たせていたといいます。
また、スニーカーが大好きないずみさんには「エアフォースワンをまた履きたい」という目標もありました。
現在の仕事について
脳出血発症前は現場監督として働いてたいずみさんでしたが、元の会社に復職はできました。また、麻痺だけではなく、後遺症で高次脳機能障害も残ってしまっていたため、退院後は就労移行支援で10ヶ月訓練をしたといいます。
その後、現場監督としての復帰は難しいと判断。現在は現場監督の経験を活かし、元の会社で若手の育成や各現場の書類チェックなど、サポート役として働いています。
さらに隔週土曜日には、喫茶店でアルバイトをしているといういずみさん。その喫茶店では、脳出血、脳卒中の当事者の方々が働いており、アルバイトを始めた理由は「若い当事者の人たちともっと繋がれたらいいな」ということからでした。
いずみさんが就労移行支援で訓練をしていた際、当事者の人とたくさん出会いましたが、自分よりも若い人がいたことに気づいたそう。
「若い当事者とは、これまで普通に生活していても出会うことはほとんどなかった…」という思いからアルバイトを始めたといいます。
今では、遠くからきてくれる方もいるそうで「当事者だから分かり合えることもあります。ぜひ遊びにきてください」といずみさんは笑顔で呼びかけていました。
※高次脳機能障害…脳梗塞やくも膜下出血といった脳血管障害や、事故などによる脳外傷、心肺停止による低酸素脳症などで脳がダメージを受けたことにより、注意力・記憶力・言語・感情のコントロール等がうまく働かなくなる認知機能の障害。
若い人の情報が全然なかったため発信を
InstagramやYouTubeの投稿では、前向きな考え方や気持ちを発信しているいずみさん。そのように発信する理由は、自身が入院しているとき、若くして脳卒中になった人の情報がなかったからでした。
「とにかく入院中はこの先自分がどうなるのか?半身麻痺の人はどうやって生きているのか?世の中に若くして脳卒中になった人の情報が全然なくて本当に苦しかったです。残念ながら僕に脳出血を止める力はありません。それならあのとき僕自身が見たかった情報を発信することで、病室で1人不安だった自分と同じような人の力になれるんじゃないかと思い、発信していこうと決めました」
「最初から今みたいに前向きだったわけではありませんが『つらいよー』ってことばかり言ってるのはみんな聞きたくないだろうし、僕なら見たくないです。そこで明るい9割、つらい、苦しい1割くらいで発信していこうと思いました。入院中とにかく不安で孤独でつらかったです。その経験を発信し、みんなで手を取り合って前に進んでいけたらと思っています」
いずみさんが発信を続ける上で、たくさんの人たちと出逢えたことが自身の一番の変化だと語ります。
「倒れなかったら会うことがないままだった人たちと出逢えたのは大きいです。あと、失敗しても動画のネタになるからいいかという気持ちからスノーボード、夏フェス、ハイキングなどさまざまなことに挑戦するようになり、前向きになれたと思います!」
また、家族が脳卒中になったと相談されたり、リハビリ入院中の方から相談のDMを頂いたりするようにもなったといいます。
「今後も、当事者の人たちが生活しやすくなる自助具の紹介や『あの人、半身麻痺があるけどなんか楽しそうだね!』って思ってもらえるようなコンテンツを発信していきたいです。僕を通じてたくさんの人が繋がっていけたら嬉しいです」と語るいずみさん。
大きな病を経験したにもかかわらず、前向きに発信しているいずみさんの投稿からたくさんの元気をもらえます。いずみさんの人柄や笑顔、そして力強いメッセージから今後たくさんの人が繋がっていくでしょう。