「非行少年たちとの出会いが人生を変えた」組織や立場を超えた多様な人々を繋ぐ場を作る理由とは

「非行少年たちとの出会いが人生を変えた」組織や立場を超えた多様な人々を繋ぐ場を作る理由とは
寺西康博さん

香川県東かがわ市の官民連携マネージャーとして活躍中の寺西康博さん。公務員としてのお仕事に加えて、通称「テラロック」と呼ばれる交流イベントを主催したり、テレビのコメンテーターや雑誌の連載にも挑戦したりと幅広い活躍をしている。

東かがわ市に赴任して3年目

「財務省四国財務局からの人事交流として東かがわ市に赴任して現在3年目になりました。この仕事を通して、地域の中で事業をつくる楽しさややりがいを感じています。民間からの官民連携の問い合わせに対するコミュニケーションの窓口を担っています。似た事例は他の自治体にもありますが、極めて珍しいポジションです」

上村東かがわ市長と

東かがわ市が2022年7月に策定した官民連携基本方針を踏まえ、対等・挑戦・独自の3本柱を掲げ、市民と行政がフラットな立場を築き、関係者みんながよくなるようなプロジェクトを目指している。純民間投資、純民間ビジネスとしてやると難しいものに行政も多少リスクを取ることで事業を推進する仕組みだ。

「官民連携の定義は様々ですが、官民連携はあくまで手段で、究極の目的は住民の福祉の向上だと思います。そこに向けて段階がいくつかあり、足りない部分をどうするか。行政が課題を見極め、優先順位をつけて、リソースをどこに投下するか判断します。年間200件ほどの依頼が、大企業からスタートアップまで集まってきます」

スマート牡蠣養殖

寺西さんが携わった官民連携事業の中で、特に印象深いものは「スマート牡蠣養殖」のプロジェクトだという。徳島県海陽町のスタートアップ企業が、東かがわ市のアイデンティティである安戸池(引田地区にあるハマチ養殖を野網和三郎が世界で最初に成功させた場所)で取り組むプロジェクトだ。

安戸池にて

「高齢な漁師や足を悪くした漁師にできる仕事がないかという課題に対して、軽作業で収益性がある仕事でした。しかも引田のアイデンティティにも関わる。企業にとっても、まだスタートアップで行政案件がなかったので、この取り組みが大きな実績になる。まさに地域・行政・企業みんなにとって良い事業です」

幼少期から要領のいいタイプ

1985年に香川県高松市でうどん屋の息子として生まれた寺西さん。ご自身曰く、要領のいいタイプだったという。就職活動を経て金融機関や民間企業の内定を獲得したが、内定者交流会で同期の野心の強さにギャップを感じ、民間ではなく他者への価値提供に専念できる職業として公務員が向いているのではと感じた。そこで急遽公務員試験を受け、財務省四国財務局に採用された。そんな寺西さんだが、20代中盤で東京の財務省へ出向し主計局で予算編成をしていたときに転機が訪れる。

幼少期の寺西さん

「国立の児童自立支援施設の予算を担当していたのですが、それがきっかけで実際にある施設を訪問するようになりました。そこで重たい非行のあった少年たちと出会いました。これまでまったくそのような人たちとは接したことがなかったので、当初は自分とは別世界だと感じ、正直怖いと思っていました。ですが、実際に会ってみるとみんなで運動をしたり勉強をしたり、ごく普通の身近にいる子どもたちのように感じられました」

「生まれながらに非行に走る子どもはいない。すべては環境がつくる。少年たちの世話をする夫婦が語った言葉に大きな衝撃を受けました。私はこれまで自分にとって居心地が良い世界しか見てこなかった。そして、多くの人や事象を自分の思考の外に置いていたのだと気づきました」

このままの生き方ではだめだと強く感じた寺西さん。しかし、何をすればいいのか見当がつかなかった。そんな中思いを巡らすと、自分にきっかけを与えた人々は、自分と価値観や見えている世界が異なる人々だった。しかし、職場と自宅を往復する生活ではそのような機会は得られない。直感的に「組織の外へ出なくては」と感じた。

「あまり高くないモチベーションで生きてきた人生を変えてくれたのは、近くにいた人ではなく非行少年たちでした。価値観の離れた人々が対話をすることで社会が変わる。そういう価値観が離れた人々が共存して対話する場に大きな意義があると思いました」

プロジェクトチームのリーダーに抜擢

2015年、財務省から香川に戻った寺西さんは、職場で立ち上がった地方創生を支援する若手職員のプロジェクトチームのリーダーに抜擢される。そこで、地方自治体の若手職員と対話を重ねる中で、他の自治体との横の繋がりの無さや、本音で未来を議論できる場が無いといった共通の課題が浮かびあがり、2016年12月に若手公務員60名を集めたフォーラムを開催した。しかし、同じ公務員だけで固まることへ違和感を抱き、内閣府主催の「地方創生☆政策アイデアコンテスト」に若手職員と香川大学生のチームで応募し優勝。必要なものは肩書きやスキルではなく、情熱だと気づいたという。こうした経験を通して組織外の交友関係が広がっていった寺西さんは、自分にしかつくれない、異質な人たちと対話や交流をする場をつくりたいと思うようになった。

「2019年7月9日に、高松市で80名を集めて交流会を行いました。名付け親はことでんグループの真鍋代表です。実は、当初はオープンイノベーション地域交流会という長い名前でした。そこで、真鍋さんが「寺西くんがやろうとしていることはロックなのだから、会の名前を寺西ロックフェスティバルで『テラロック』でいいんじゃない」と提案いただいたのです」

テラロックで真鍋代表と語る寺西さん

テラロックは2019年以降、まちづくり、働き方、観光、金融、挑戦などのテーマを設け、学生から経営者まで多様な分野と世代の人々が出会い対話する予定調和の無い場が生まれてきた。派生企画も含めると約200回のイベントを通して8000名以上の方々と寺西さんは出会ってきた。この人々との繋がりが、現在の東かがわ市での仕事にも繋がっている。

「テラロックを通して様々な挑戦者たちと出会いました。そういった方々は事業を起こす人々が多い。それで私自身も官民連携を通してそういった方々を支援したいと思いましたし、行政としても私の繋がりをいかして官民連携の窓口を任せようと思ったわけです。テラロックと公務員としての役割は切り離せないものです」

近年、場づくりへの考えが変化しているという寺西さん。これまでは自らが主催・登壇し熱狂を生み出していたが、ふと登壇者と聴講者の役割を固定化させ、固定観念を揺さぶることを目指しながら固定化された関係性を生み出していたことに気づいたという。

テラロックで出会った仲間たちと

「これからは、登壇者と聴講者という区分を壊し、誰もが対話の主役になることで互いの熱が伝播するような場を作っていきたいと思います。先日、高知県内の自治体職員向け研修で受講生らによるトークセッションを取り入れたのですが、自らが話すというゴールに向けてより主体的積極的に参加する受講生の姿が印象的でした。また、今後は主催だけでなく既存のコミュニティにもっと飛び込んでいきたいとも思います。徳島県の女性中心のコミュニティに研修講師として呼んでいただいたのですが、知的好奇心の高さや育児・家事で磨いたスキル、社会に対する課題意識などが非常に新鮮で印象的でした。もっと自分が出会ってこなかった人々と出会い、いままで生まれなかった対話から価値観の変容を起こしたいと思っています」

自分の近くの課題から取り組み、関わる人々の輪と多様さを広げてきた寺西さん。彼がつくる場からは数々の挑戦者が生まれてきた。これからも、異なる価値観を持った人々との対話とコラボレーションを公私に関わらず取り組んでいく寺西さんのチャレンジに目が離せない。

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