「胎動が少ない」不安を抱く中、緊急帝王切開をすると…医師「先天性ミオパチーだと思う」息子の病を知ったあと、前を向けた理由とは

「胎動が少ない」不安を抱く中、緊急帝王切開をすると…医師「先天性ミオパチーだと思う」息子の病を知ったあと、前を向けた理由とは
富士くんとご両親(@yurityonさんより提供)

最後の妊婦健診で緊急帝王切開になったゆりこさん。生まれてきた子どもは「先天性ミオパチー」という難病を患っていました。

今回は、出産に至るまでの経緯や子どもが先天性ミオパチーと確定されたときの心境、ご夫婦でサポートをどのように行ってきたのかなどの話を、ゆりこさんに聞きました。

心拍が落ち、緊急帝王切開に

ゆりこさんは妊娠35週目あたりのとき、胎動が少ないことに何となく気がついたといいます。
「SNSで同時期のお子さんを授かっている親御さんたちが『胎動で眠れない』『胎動がすごい』『すごい蹴ってくる』など発信しているのを見て『私はそこまで感じないけどなあ』と思っていました」

胎動が少ないことがあまりよくないことだとは知らなかったゆりこさんが、実際に先生に相談したのは妊娠37週のときでした。

先生は「胎動が弱いのはあまりよくないことなので早めに産みましょう」と、予定の1週間前に出産日をずらすことに…。もともと逆子がなおらず、帝王切開の予定だったゆりこさんは「胎動が少ないことはあまりよくないと言われたときは少し心配しましたが、きっと大丈夫だろうとそこまで気にしていなかった」とそのときのことを振り返ります。

そして出産前、最後の健診の日をご主人と一緒に迎えました。
いつも通りNSTをしているときにお腹の子の心拍数が落ちてしまい、緊急帝王切開になったのです。
「本当にあっという間に看護師さんが数人きて私を担架に運んで着替えさせ、担当する医師や看護師が私に挨拶をし、緊急帝王切開になったという流れです。夫とはまともに会話もできないままオペ室に運ばれたので、とても不安でした」

緊急帝王切開は無事に終わり、男の子を出産。子どもに「富士」と名付けました。
富士くんは産後すぐNICUに入り、麻酔が効いていたゆりこさんが会えたのは出産から2日後。

「会えない間はとにかく『早く会って無事を確認したい』と思っていました。ただ、夫が出産したその日に息子に会うことができていて、LINEで連絡をとり『頑張って生きてたよ』と報告してもらっていたので少し安心できました。 会えたときは、儚く小さな体を心配しつつも、やっと会えた喜びで保育器越しに涙が…。『生まれてきてくれてありがとう』という気持ちで優しくなでたのを覚えています」

※NST…Non Stress Test(ノンストレステスト)の略で、赤ちゃんとお母さんがストレスのない状態で分娩監視装置(ぶんべんかんしそうち)という機械をつけて、赤ちゃんの心拍とお母さんのお腹の張り(子宮収縮)を確認すること。

「先天性ミオパチー」という難病

富士くんは「先天性ミオパチー」という難病を患っていました。ゆりこさんは、病気を知ったときのことについてこう話します。

「生まれたその日に夫を通し、主治医の知見で『先天性ミオパチーだと思う』とは聞かされていました。そう言われたときは不安でしょうがなかったです。この先どうなるのか、どうやって成長していくのか、私たちで育てられるのか、寿命はどのくらいなのか…など心配が尽きませんでした。ですが事前に『先天性ミオパチーだと思う』と聞かされていたため、確定診断を受けたときはそんなに驚きはありませんでした」

2歳になった富士くん(@yurityonさんより提供)

現在、富士くんは2歳。
現在の症状は、筋肉の中でも体幹が弱い疾患のため、2歳になった今でも首は座っておらず、座位をとることも歩くこともできません。また腕や脚は動かせますが、基本的に寝たきりなため、ずっと同じ姿勢にならないように体位交換が必要だったり、座るのに「座位保持椅子」という身体を支えながら座位がとれる椅子に座ったりする必要があります。

そして24時間人工呼吸器装着、経鼻経腸栄養(EDチューブ)、持続吸引、吸引、ネブライザーなどの医療的ケアも必要です。

※「先天性ミオパチー」…先天性ミオパチーは、骨格筋の先天的な構造異常により、新生児期ないし乳児期から筋力、筋緊張低下を示し、また筋症状以外にも呼吸障害、心合併症、関節拘縮、側弯、発育・発達の遅れ等を認める疾患群である。

乗り越えてきたこと

富士くんが退院し、家で過ごすようになったとき最初にゆりこさんが大変だと思ったのは外出でした。
「とにかく荷物が多いんです」といいます。

子どもの生活用品を持ち歩くための「マザーズバッグ」が必要ですが、富士くんの場合はそれにプラスして人工呼吸器や持続吸引機、医療的ケアに必要な道具(吸引機やサチュレーションモニター、緊急時グッズなど)が必要なのです。

「今は慣れましたが、これでは出かけるのが大変だと思いました」とゆりこさんは話していました。

さらに大変だったのは、保育園を探すことでした。
「健常児の子どもの保活は、保育園に見学に行き資料を提出する流れが一般的だと思いますが、富士の場合は、まず通える距離にある医療的ケア児を受け入れている保育園を探すところから始まります。役所の支援課で一覧表はもらえるのですが、すべてが通える距離にあるわけではないので、自分たちでピックアップしなければいけませんでした」

富士くんとお父さん(@yurityonさんより提供)

実際通える範囲にある保育園はたったの3つで、すべての保育園に見学に行ったといいます。そして、富士くんが現在通っている保育園には、合計4回足を運んだご主人とゆりこさん。
「見学や面談をするときに使えるよう、夫が富士のサポートブックを作成し、医療的ケアや緊急時の対応を保育園側に理解してもらえるように工夫をしました」

これだけの大変なことをどう乗り越えていたのかについて、ゆりこさんからは「やるしかない」という言葉が返ってきました。
「外出をしなければ荷物が多くて大変な思いをする必要もありませんし、保育園に通わなければ大変な保活をする必要もありません。でも私と夫は家にいるだけではなくて、息子に外の世界を知ってほしいと思っています。私もはじめは外出するのが大変だし怖くて心配でしたが、夫が腕をひっぱってくれたおかげで、今では楽しく外出することができています。また保育園も、いろいろな活動をしてお友達と関わる富士の姿を見て、保育園に入れてよかったなと思っています。」

※医療的ケア児…医学の進歩を背景として、NICU等に長期入院した後、引き続き人工呼吸器や胃ろう等を使用し、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な児童のこと。

夫婦の時間も大切に

富士くんのサポートに対する役割分担は、ゆりこさんは朝が弱いため朝の保育園の送迎はご主人。その代わりに夜のヘルパーさんが来るまでの間は、ゆりこさんが夜の準備と富士くんをみるようにしてご主人には先に寝てもらっているといいます。

また、夫婦のコミュニケーションで大切にしていることは「これは一般的な家庭も変わらないと思うのですが、何かしてもらったら感謝をし、申し訳ないことをしたら謝ることですかね」とゆりこさん。
「富士くんを短期入所に預けている間は夫婦の時間にして、2人でご飯に行ったりカラオケに行ったり一緒に料理をするなどと楽しむようにしています。日頃も、富士くんが早く寝たときには、軽い晩酌をして富士くんの話や仕事の話などの、たわいもない話をして過ごしています」

富士くんとお父さん(@yurityonさんより提供)

さらにご主人からの提案で、毎月夫婦で振り返りというものをやっています。
これは、医療的ケア児である子どもを育てる上でストレスがどのくらい溜まっているのか、富士くんを育てながらも自分がチャレンジしたいことは何かなどウェブサイトで答えられるような仕組みになっているもの。

ゆりこさんは「これがあることで、先月はこうだったから今月からはこうしようと生活を改善できるのでとてもいいなと思っています。朝担当が夫で、夜担当が私になってうまく生活がまわるようになったのも、この振り返りがあったおかげです」と話していました。

「2年間いろんなことを乗り越えられたのは間違いなく夫がいたからです」

ゆりこさんはこの2年間を振り返り「2年間いろんなことを乗り越えられたのは間違いなく夫がいたからです」とSNSに投稿していました。

それにはこうした思いがあったといいます。

「私は、富士の病気に対していろんな気持ちを抱いていました。ポジティブに考えられるようになったのは在宅になって1年くらいで、それまでネガティブなことばかり考えていたんです。そんなときも私の気持ちを否定せずに受け入れてくれていたのが夫で、ずっと支えられてきました。きっと、夫もネガティブな気持ちを抱くこともあると思います。それを表に出すことはなく、私と富士を支えるためにきっとぐっとこらえてくれていたのでしょう。また、富士が呼吸状態が悪くなり緊急対応が必要になったとき、冷静に対応してくれたのも夫です。私は慌ててしまって冷静でいられなかったので、夫がいてくれて本当によかったなと思います」

今後の目標や願い

「家族みんなが元気で過ごせることが1番の願いです」と話すゆりこさん。富士くんは肺炎になりやすく、今年は2回入院していました。
「今はとても元気で毎日が幸せです」と話しますが、入院しているときは心配なのはもちろん「変われるものなら変わりたいという気持ちだった」といいます。
「私たち親も、レスパイトや家族の力を借りて適度に休憩し、体調を崩さないようにしていきたいと思います」と、自信のケアにも気をつけているのです。

今後、挑戦したいことについて、ゆりこさんはこのように話してくれました。
「新幹線や飛行機にのって家族で旅行に行くこと。まだ車以外での旅行をしたことがないので、挑戦したいなと思っているところなんです。特に飛行機はハードルが高いですが、いつか飛行機に乗って家族の思い出を増やせたら嬉しいなと思います」

富士くんとご両親(@yurityonさんより提供)

最初は外出が大変で、怖くて心配だったというゆりこさんですが、富士くんに「外の世界を知ってほしい」という思いがありました。SNSにはお出かけをしたご家族の様子や、日々の生活が投稿されています。3人のキラキラした笑顔にこちらまで笑顔になりますね。

※レスパイト…「休息」「息抜き」という意味です。レスパイトケアは、病気の方のご家族や、介護者の休養を目的とした短期入院です。

出典:厚生労働省『先天性ミオパチー』
https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/001174031.pdf

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