「クレジットカードを魔法のカードだと思っていた」会社員を辞め、金融教育に取り組むわけとは

「クレジットカードを魔法のカードだと思っていた」会社員を辞め、金融教育に取り組むわけとは
平井梨沙さん

「人生の選択肢を増やす金融教育を」を理念に掲げ、中高生を対象とした金融教育動画コンテストを主催し、全国各地の学校で金融教育授業などを展開する一般社団法人日本金融教育支援機構。2022年の設立以来、組織は成長を続けている。

代表の平井梨沙さんは香川県出身、東京都在住で2児の母。金融教育を志した背景には、ご自身のさまざまな体験があった。

お金について無知だった学生時代

平井さんは、大手企業を一代で築いた経営者である祖父の背中を見て育った。だが、高校時代に経営の状況が一変。お金の力と恐ろしさを肌で感じた。

「金融教育やキャリア教育がない時代。学校でも家庭でもお金についての話はある意味タブーで、もちろん金融リテラシーなどとは縁がありませんでした。大学進学のタイミングで一人暮らしを始めたものの、親に持たされたクレジットカードの使い方すら知らなかった。お金が入る魔法のカードだと思っていました」

大学生時代の平井さん

転機となった金融業界への就職

卒業後、大和証券株式会社に就職。ちょうどNISA制度が始まった時期でもあった。入社後の徹底した研修・資格取得を通して、初めて金融知識を吸収した。日本生命保険相互会社に転職後、確定拠出年金(DC)の専門部署にて従事。制度の仕組みを理解せず会社に言われるままDCに加入している社員が多いことを痛感した。

「iDeCoやNISAも同様で、多くの日本人は仕組みを知らずに始めて、翻弄されるだけなのではないか。この状況を変えられないものか、と考えていた頃に新型コロナウイルスが猛威を振るい始め、先行き不透明な状況で子ども2人と自宅待機することになりました。何もできない中、金融教育の団体を立ち上げたいという思いが募り、独立しました」

2022年の夏に一般社団法人日本金融教育支援機構を設立。高校の家庭科で金融教育が必修化されていたことが、中高生向けの教育を事業の中心とする判断の後押しとなった。

「学生時代に自分が受けておきたかった金融教育について、当時を思い出しながら作っています。故郷香川県は大学が少なく、高校卒業後の若者の人口流出割合において日本トップクラスです。一人暮らしを始める若者が多いので、金融教育は高校卒業までに必須の教養です」

それなのに、都会と比べて子どもたちがお金とかかわる経験が圧倒的に少ない。このため、都会の若者に比べてお金に対する小さな失敗を経験することなく、都会に出ることになり、お金のトラブルに巻き込まれかねないと平井さんは危惧する。

とはいえ、詐欺防止講座中心の金融教育ばかりだと、高校生がお金に対してネガティブなイメージを抱いてしまう。そこで、設立した機構では、お金に対してポジティブに、オープンに考えられる、自分ごととして学べる機会を作ろうと考えた。

金融をもっと身近にするために

しかし、最初から多くの人々に受け入れられたわけではない。
「金融は怪しい」という偏見が根強く、学校現場の抵抗感は強かった。

「あるとき、教員をしている知人に金融教育を始めたことを話したところ、教育はお金儲けのために仕事を行っているわけではない、金融業界の感覚を持ち込むべきではないといったような反応をされました。私はそこで、この学校に導入しようと決意しました」

それから毎週のように、どんな切り口なら受け入れてもらえるのか、その知人と根気強く対話を重ねた。
「生徒たちは今、いろいろなコンテストへのチャレンジに意欲的」
「推し活がトレンド、推し色がある」
「今の子たちは誕生会にスマホで記念の動画を作っている」
「寄付教育なら学校として取り組みやすいかも」
現場の先生から聞いた今どきの生徒の様子をヒントに、お金の機能に着目した8つの「力」(使う・稼ぐ・納める・貯める・備える・贈る・借りる・増やす)それぞれにカラーを与え、いずれかをテーマに選んでスマホで動画を制作し、競う中高生の探究型コンテストというプログラムが誕生した。

機構が提唱する8つの力

このプログラム「FESコンテスト」は、消費者庁等の後援を得たことで全国の中学校・高等学校に受け入れられ、第1回にもかかわらず156もの作品が集まった。
もともと小学生向けの作品を募集する趣旨であったが、中高生ならではの視点と作品から得られる学びが、幅広い世代の共感を生むこととなった。
第2回となる今年は、金融庁の後援も得ており、初の地区大会を香川県と千葉県で開催する。

機構の思いに共感し入会した認定講師はすでに60名に達し、全国各地を拠点として活動している。講師たちは、思いを共有する学校の先生たちの協力を得て、機構の大学生メンバーとともにワークショップやコンテストの運営を行っている。

機構の仲間たちと

平井さんの次の目標は、2030年までに47都道府県で地区大会を開催して金融体験の地域間格差を埋め、すべての地域で、中高生が親世代や祖父母世代とお金について対等に話せるような「生きる力」を育むことだ。

「金融分野は家族の教育が天井となりがちです。だからこそ、金融教育を受けたことのある子どもたちがどんどん増えて主流となれば、消費者全体の金融リテラシーも変わってくると思っています。金融について興味を持つきっかけを提供することが我々の使命です」

第1回大会の優秀作品たち

今年8月に、平井さんの地元である香川県で開催された地域ワークショップ「第2回FESコンテストへの道in香川」には20名以上の意欲的な中高生が参加した。
大学生のサポートのもと、中高生たちは金融についてプロから学び、伝えてみたいことを思い思いの視点で動画の制作を行った。

これからの地域を担う若者たちが、学校や家庭を超えた世界で縦のつながりを築き、金融について学び合い助け合う新しい仕組みがいま生まれつつある。

香川県で開催されたワークショップの様子

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