なぜ122年つづく私設図書館を守り続けるのか?江北図書館は地域の誇りだった

なぜ122年つづく私設図書館を守り続けるのか?江北図書館は地域の誇りだった
江北図書館の岩根理事長(岩根卓弘さんより提供)

「現代は人とのつながりが希薄になってきていますが、つながりは大切にすべきだと考えます。江北(こほく)図書館は我々がつながってきた歴史の一部、地域の誇りです」

そう語るのは、滋賀県長浜市木之本町にある江北図書館の11代目理事長・岩根卓弘さん。江北図書館は大変レトロで雰囲気のよい建物ですが、実際は老朽化が目立つ常態です。

江北図書館は明治40(1907)年に財団法人江北図書館として開館し、122年間もの長きにわたり地域の人々が守り続けてきた私設図書館です。現在使用している建物もすでに築86年。このような古い建築物を保存する必要があるのかをたずねたところ、岩根さんは下記のように答えてくれました。

「江北図書館のような古いものは、生活になくても支障のないものです。でも、個人が設立して、 それを地域で守ってきた図書館はどこにもありません。古いものをすべて残すことが正解だとは思いませんが、江北図書館は地域の人々の誇りです」

岩根さんが理事を引き受けたのは、第10代の冨田理事長からの打診だったといいます。冨田理事長の息子さんと岩根さんは同級生で、昔からよく知っている人からの依頼だったこともあり、承諾したとのこと。

江北図書館の成り立ち

建設当初の旧郡農会の様子 昭和12年(岩根卓弘さんより提供)

江北図書館の前身は、伊香郡余呉村(現:長浜市余呉町)出身の弁護士・杉野文彌氏が設立した杉野文庫でした。当時は本が貴重な時代で、専門書は現代の価値で1冊1万円以上だったといいます。杉野氏は法律の勉強をする際に利用した東京の図書館に感激を受け「いつの日か地元に図書館を作ろう」と決意したとのこと。

杉野氏は弁護士になってからも決して贅沢をせず、図書館設立のために倹約したと記されています。江北図書館を設立後、3回目の移転で昭和50年から現在の旧郡農会(JAの前身団体)の建物を借用することになりました。

その後、平成23(2011)年に江北図書館は公益財団法人として運営されるようになり、現在に至ります。

行政からの補助や駐車場利益の減少により赤字運営に

江北図書館の外観(岩根卓弘さんより提供)

現在、江北図書館は年間100万円程度の赤字運営状態だといいます。以前の運営状態とは異なるのでしょうか。

「以前は旧伊香郡の市町村会から補助が出ていたのと、駐車場を貸していた利益がありました。行政からの補助はなくなり、駐車場の収入もかなり減りました。今はかつてあった伊香相救社の資産を切り崩しながら運営している状況です」

町村会からの補助は平成22(2010)年の市町村合併によりなくなり、駐車場の利益は貸していた店舗が閉店したことで大口利用がなくなったといいます。

「伊香相救社は今でいう保険会社です。明治時代、この地域ではすでに人々がお金を出し合って災害などのときに助け合う仕組みができていました。当時としては、かなり先進的な取り組みだったようです。伊香相救社がなくなってからは、旧伊香相救社の土地や財産を江北図書館が譲り受けて使用しています」

いつまでも赤字運営はできないため、今後、どのような事業に取り組むべきかが大きな課題です。

江北図書館の魅力

約11,600点の『貴重資料』が並ぶ館内の様子(岩根卓弘さんより提供)

「普通の図書館なら除籍してしまうような書籍が、ここにはたくさんあります。児童書以外の新しい書籍を置くスペースがないこともありますが、資金がなかったために新しい書籍を入れられませんでした。もし昔のことを詳しく知りたいなら『貴重資料』を利用していただきたいです」

岩根さんは誇らしげに語ります。江北図書館にある『貴重資料』は、約11,600点。その約8割が江戸時代から昭和初期に出版された図書資料、残りの2割が歴史資料とのこと。

本が貴重だった時代のものが、このように資料として残されていることが奇跡に近いのかもしれません。江北図書館のファンが多いのにも納得です。

ひとはこ古本市ではミニコンサートや一棚の本屋さんが開催された(岩根卓弘さんより提供:Facebook)

江北図書館では、ひとはこ古本市『いろはにほん箱』や『音楽の本棚』などのさまざまなイベントを開催し、ファンを喜ばせています。
『いろはにほん箱』では、約30店舗の古本屋さんと飲食のお店がずらりと並び、ミニコンサートも開催されました。

令和4年度の『第4回野間出版文化賞特別賞』を受賞

野間賞の贈呈式に出席した岩根さん(中央)(岩根卓弘さんより提供:Facebook)

江北図書館は、一般財団法人「野間文化財団」が手がける野間賞において『第4回 野間出版文化賞特別賞』を受賞。岩根さんも帝国ホテルで開催された授賞式に出席しています。

令和4年度の受賞者は他に林真理子さん、YAMAHA VOCALOID開発チームでした。令和5年度には芦田愛菜さん、黒柳徹子さん、藤井聡太さんなどが受賞されていることからもわかるように、野間賞は大変栄誉ある賞です。

「野間賞を頂けるなんて思っていなかったので驚いたのですが、野間賞を受賞したことで『建物の修繕に向けて本格的に動こう』という流れができました。ただ古い物を残すだけではなく、新しい取り組みができるようにとクラウドファンディングに挑戦することになります」

さらに、2023年11月には江北図書館が登録有形文化財に登録され、歴史的価値も認められました。

クラウドファンディングを利用してLib+を建設

クラウドファンディングで建設したLib+(岩根卓弘さんより提供)

クラウドファンディングを開始したところ、クラウドファンディング以外に直接的な支援をいただいたといいます。その総額は、約2,200万円。資金ができたことで、建物のモルタル壁やひび割れの修繕とトイレの新設に加え『Lib+』の建設が実現したとのこと。

汲み取り式のトイレをなんとかしたい

近年はほとんど使われることがなかったという汲み取り式のトイレ(岩根卓弘さんより提供)

「一番は、トイレをなんとかしたかったという思いがありました。館内にトイレはあるのですが、汲み取り式のトイレだったため、多くの利用者は向かいにあるJR木ノ本駅のトイレを使用していました」

築86年の江北図書館にある汲み取り式のトイレは、綺麗に使用されているために汚いイメージは一切ありません。しかし、汲み取り式のトイレは手入れが必要なだけでなく、水洗式のトイレに慣れ親しんでいる人にとっては使用を敬遠するもの。

『Lib+』には多目的トイレを含む2基のトイレが設置されました。多目的トイレは、車椅子の方の利用やおむつ交換にも対応しています。トイレが設置されたことで、不便なトイレを利用する必要がなくなりました。

気軽に利用できるカフェとフリースペースを併設

Lib+は『つるやCAFE』とWi-Fi完備のフリースペースになっている(岩根卓弘さんより提供)

『Lib+』には地元の人気パン屋『つるや』が経営するカフェがテナントとして入っており、その他のスペースはフリースペースです。カフェはすべてのメニューがテイクアウトのため、パンやコーヒーなどをフリースペースで食べられます。

また『Lib+』を含む江北図書館の全館にフリーWi-Fiが完備されているため、コワーキングスペースとしても利用可能です。

「こんな場所があるということを多くの人に知ってもらい、利用してもらいたいので、フリースペースは無料開放しています。ここで仕事をしたり、図書館で借りた本を読んだりして有意義な時間を過ごしていただければうれしいです」

『Lib+』がオープンしてから、とくに週末の来館者が増えたといいます。最近では中高生や江北図書館目当ての観光客も増え、平日にも賑わいを見せるようになりました。

「おかげさまでカフェとフリースペースは多くの人に利用してもらえるようになってきました。つるやさんに協力いただいたことで、来訪者の方々には喜んでもらっています。しかし、つるやさんには無理をお願いしている状態なので、運営は難しい部分があるかもしれません」

多くの人に利用してもらえる施設ができたことで、さらなる利用者増加の期待は高まります。一方で、新しい施設が増えたことで以前よりも経費がかかるため、費用面の課題にも取り組まなければならなくなりました。

古い建物を残すことに正解はない

江北図書館は館内全体がレトロな雰囲気に包まれている(岩根卓弘さんより提供)

「江北図書館のような古いものは必要ではないかもしれません。あってもなくても、自分の生活にはまったく支障のないものです。古いものを残すことに関しては、何が正解かなんて誰にもわかりません。正解はそれぞれの心のなかにあるものだと思っています」

岩根さんは、そう静かに語ってくれました。

現在、理事は全員がボランティアで活動していますが、持続可能な事業を目指すなら、無報酬のままで続けるわけにはいきません。しかし、現状は金銭的にはマイナスからのスタートで、事業としてもかなり無理があると岩根さんはいいます。

江北図書館ではさまざまな企画が開催されており、今後の企画も楽しみです。より多くの人に認知され、利用者がさらに増えることで、課題解決のきっかけとなるでしょう。

江北図書館は、創設者の杉野氏が食事代や車代を倹約し、娯楽にも一切お金を使わずに貯めた私財を注ぎ込んで建設した貴重な図書館です。だからといって、お金をかけて修繕してまで古いものを残すことに疑問を感じた方も多いかもしれません。

しかし、創設者の思いや地域の人たちの思いを知ったとき、多くの人は心を震わされるでしょう。200年後、300年後もその思いを伝えることが、我々に課された使命なのではないでしょうか。

WebSite:公益財団法人 江北図書館

この記事の写真一覧はこちら