「もしかしたら、私の人生は明日終わるかもしれません。これは娘に教えられたことです。だから私は、今やりたいことをやると決めました」
にこやかな笑顔で語るのは、元小学校教諭で『NPO法人にじまち』の代表、林ともこさん。自立援助ホーム『ななほし』のオープンに向けて急ピッチで準備を進めているところです。
「通常は立ち上げに最低でも2年はかかると言われるので、とんでもないスケジュールです。具体的に取り組み始めたのが昨年(2023年)の12月でした。5月にオープン予定なので、本当に大変な状況です」
林さんの住む滋賀県長浜市には自立援助ホームがありません。その必要性を知り、後先考えずに走り出したといいます。
今回は林さんに、自立援助ホーム『ななほし』開所に至った経緯や熱い思いを伺いました。
『あ~ちゃんの虹』出版を経て子どもたちと再び向き合う決心
2013年、文芸社から出版された1冊の書籍『あ~ちゃんの虹』。執筆したのは、林さんです。
娘さんのあ〜ちゃんこと明音ちゃんは先天性の難病である総動脈幹遺残症を抱えて生まれてきました。小さな体で度重なる危機を乗り越えてきたあ〜ちゃんでしたが、2011年12月4日にわずか6年の生涯を閉じました。
あ〜ちゃんは「もう笑うことはできない」と医師から告げられた後でも笑顔を見せてくれたそうです。何度も奇跡を起こし、その度に周りの人を笑顔にしてくれました。林さんにとって、あ〜ちゃんの笑顔はとびっきりの魔法でした。
あ〜ちゃんが亡くなる前に出版社からの依頼を受けて執筆を始めた林さんでしたが、原稿を書き上げる前にあ~ちゃんは帰らぬ人となります。
一時は執筆を諦めたとのことですが「この子のことを書けるのは私しかいない」という思いを胸に、涙ながらに最後まで書き上げたと語ってくれました。
林さんはたった6年間の娘さんとの生活から多くのことを学び、今でも多くの気付きを得ているとのこと。書籍出版後には講演の依頼もあり、命や生き方についてのメッセージを多くの人に届け続けています。しかし、娘さんが亡くなってからは何年間も子どもたちと直接関わることはできませんでした。
変わるきっかけができたのは、長浜市内のこども食堂『まんま』との関わりです。こども食堂で子どもたちと触れ合うようになり、林さんは小学校の非常勤講師として復帰することを決意しました。
出産前までは正職員として勤務していましたが、非常勤講師の立場からはまた違った気づきがあったと言います。
「非常勤講師のときはサポーターのような存在でした。いろんな子どもたちから多くのSOSが飛んでくることに気がつきました」
子どもたちからのSOSに応えることで、新たな気づきも生まれました。
思い立ったが吉日、教員を退職して子どもたちの居場所を設立
林さんが非常勤講師として勤務していたとき、当時小学2年生のある児童と出会いました。彼との出会いをきっかけに、不登校の子どもたちの居場所『にじっこ』を設立することになります。
「彼はよく『家に帰りたい』と言っていました。彼と触れ合う中で、この子が自分のやりたいことを我慢せずにできる場所を作りたいと思い『先生を辞めます!外にそういう場所を作ります』と校長先生にお伝えして、退職しました」
『にじっこ』を設立したのが2018年のこと。当時は長浜市内限定で月に1回だけ開催していたところ、口コミで参加者が増えました。現在はNPO法人『好きと生きる』を設立し、ボランティアスタッフも増え、県内7箇所で月に8回小中高生を対象に開催しています。
古民家『虹の家』でフリースクール『虹の学び舎』を開催
『にじっこ』の活動は滋賀県内での活動でしたが、林さんには長浜市内でフリースクールを開催したいという思いがありました。そんなときに偶然見つかった空き家が『虹の家』で、現在『虹の学び舎』の拠点となっています。
『虹の学び舎』は週に1回小中学生を対象に開催。朝と帰りのミーティングや登山、茶道などの体験を中心にしたチャレンジ活動などを行っています。現在は18人の子どもたちが参加しているとのこと。
林さんは自分が本当にやりたいと感じたことはすぐに実行に移します。「やりたいことをやる」は娘さんから学んだことです。ただし、常に色々なアイデアが頭の中に湧くため、その中から本当にやりたいことだけを取捨選択しているといいます。
自立援助ホームが足りない
「現在、滋賀県内には自立援助ホームが守山市、彦根市、高島市にしかありません。今春、大津市にも開設されましたが、まだ少ない状況です。そこで、長浜市で運営できる人がいないかという話になり、『長浜なら林さんがいるよ』と私を選んでいただいたようです」
林さんは、予想だにしなかったところから飛んできたボールに戸惑いを隠せませんでした。当時は自立援助ホームそのものを知らなかったため、守山市のNPO法人四つ葉のクローバーに詳しい話を聞きに行ったとのこと。
自立援助ホームとは、何らかの事情により、家庭にいられなくなり働かざるを得なくなった15歳から20歳まで(状況によって22歳まで)の子どもたちに、県からの補助を受けて暮らしの場を与える事業です。
自立援助ホームがかなりハードな事業だということは、最初からわかっていたという林さん。しかし、必要としている子どもたちの居場所がないなら、誰かが作らなければならないという使命感に駆られます。
「気がつけば『やる』って決めていました。それも、帰路の途中に…」
自立援助ホーム開所を決意したのが、2023年8月。アブラゼミの元気な声が響き渡る暑い夏の日でした。
自立援助ホームの開所にかかる費用が捻出できない
林さんは自立援助ホームの開所に先駆け、協力者と共にNPO法人『にじまち』を立ち上げます。『にじまち』の事業としては、今まで取り組んでいた『虹の学び舎』と新たな自立援助ホーム『ななほし』です。
しかし、自立援助ホームの開所に取り組む中で、思った以上に費用がかかることがわかりました。県からの補助は得られますが、申請後の給付となるため、タイムラグが発生します。また、電化製品や事務用品などの費用には補助金を使用できないこともわかりました。
「『お金がない』『どうしよう』となって、リアルファンディングを始めることになりました。クラウドファンディングも考えたのですが、直接顔を見てやりとりしたいということもあり、リアルファンディングという形態をとることにしました」
具体的に動き始めたのは年末押し迫った12月だったといいます。2024年4月現在、目標金額の半分以上が集まりましたが、すでに決まっている支払いがあるとのこと。支払いができて本当によかったと、林さんは胸をなでおろします。
「毎日、企業の社長さんなどにもお願いに行っています。とにかく自立援助ホームについて知っている人がほとんどいない状況なので大変ですが、お陰様で少しずつ理解してもらえるようになってきました」
最近では、お金の振り込みではなく、Amazonの『ほしい物リスト』から物品を寄付してくださる方も増えてきたそうです。
笑顔は人にとって最大の魔法
林さんが運営しているフリースクールでは、小学生だけでなく、誰でも参加可能なフリーdayや自習dayなども設けています。
「まずは私たち大人が、思い切り楽しむことが大切だと思っています。そんな大人の姿を見て、子どもたちも未来への希望を抱けるのかなと思います。大人も子どもも、みんな笑顔で過ごしてほしいと願っています」
参加している大人は、様々な職業や世代の人たちです。そこには肩書きや人間関係のしがらみなどは存在しません。『虹の学び舎』は、大人にとっても子どもにとっても笑顔の絶えない場所となっています。自立援助ホームも同様に笑顔でいっぱいの場所となることは間違いないでしょう。
自立援助ホーム『ななほし』には最大6名(2人部屋が3部屋)の入居が可能ですが、現在のところ、まだ入居者は決まっていません。入居は児童相談所からの依頼となるため、誰でも入居できるわけではありませんが、一人でも多くの若者が笑顔になることを願っています。林さんにとって、笑顔は最大の魔法だと言います。
出典:全国自立援助ホーム協議会
https://zenjienkyou.jp/about/