ひとり親家庭や事実婚、LGBTQのパートナーなど、時代とともに家族のかたちが多様化している。しかし、夫婦ふたりと子どもがそろった家族が「普通」という伝統的な家族観もまだ残っており、それにより生きづらさを感じている人も多いのではないだろうか。
ドイツ在住で絵本作家のいそがい こういちろうさん(以下いそがいさん)は、「生きにくい思いをしている人達に寄り添うものになれば」と、2023年2月にパッチワークファミリーをテーマにした絵本『パッチワークファミリー /時がたつと…』を出版した。
パッチワークファミリーとは、離婚や再婚などによって血縁関係のない親子がいる家族のことで、ステップファミリーとも呼ばれている。父親または母親の元パートナーの子どもがいる家族、再婚後に子どもを授かり血の繋がりがない兄弟のいる家族など、かたちはさまざま。2組に1組が離婚するといわれるドイツでは、このような家族がごく普通に存在し、パッチワークファミリーと呼んで肯定的に捉えているのだ。
こうした現代的なテーマを扱った絵本は日本では珍しいなか、いそがいさんはなぜ絵本を出版したのだろうか。絵本に込めた思いやドイツの家族観について話を伺った。
長年抱き続けた、絵本作家という夢
作者のいそがいさんは、1999年にドイツのハンブルクに移住して以来、グラフィックデザイナーとして複数の広告代理店に勤めてきた。2016年にはフリーランスのグラフィックデザイナーとして独立し、その翌年から本業のかたわら、絵本制作を続けている。
「絵を描く人間なら、誰もが絵本作家に憧れるのではないでしょうか。自分が培ってきた技術で、自分の想いを世の中に伝えたいと思いました」
しかし、絵本業界は新規参入が難しい業界。というのも、昔から慣れ親しまれた本、いわゆる既刊本が読まれ続けるからだ。売上の8割が既刊本で占めるなか、絵本作家を続けていくためには、残りの2割の枠に入りこまなければならないのだ。
「非常に確率が低いなかで、何百人も何千人もの人が命をかけて作品を作っている、本当に大変な業界です。そのなかで際立つには、自分が心の底から思うことを表現しないといけない」
2022年2月、いそがいさんが手がけた『パッチワークファミリー/時がたつと…』(旧題:時がたつということ、それは…)は、第8回絵本出版賞で入賞。翌年2月に、自身初となる出版を果たした。
変化する日常を描いた絵本。離婚や再婚、LGBTQ+などもテーマに
本作は、時が経つとともに変わっていく日常や家族のかたちが、小さな女の子の視線で描かれた物語。前髪が伸びる、自転車が大きくなるというようなささやかな変化だけでなく、家族の死や両親の離婚など、悲しく複雑な家族の変化も描かれている。
物語の中盤からは、女の子の両親が離婚し、新しい家族のかたち、いわゆるパッチワークファミリーが築かれていく。血のつながりや性別にとらわれない家族のかたちを、ポジティブに受け入れていく女の子の姿が印象的だ。
「パッチワークファミリー」のような新しい家族のかたちや、幸せを提案したい
パッチワークファミリーというテーマを取り入れたのは、いそがいさんが日本の家族観に対してある違和感を抱いていたからだ。
「日本では、両親が離婚したあと母親が子どもの責任をすべて負う、父親が何十年も子どもに会えないというような状況が多くあります。ドイツに20年以上住んで、そのような状況が不便だと思うようになりました。女性だけ負担を負うのも、父親とのつながりがゼロになるのも、すべてが重くて複雑になりすぎているような気がします」
ドイツでは、離婚や別居をしても、子どもが成人するまで父親と母親が協力して子育てをするのが一般的だ。週の半分は母親の家に住み、残りの半分は父親の家で過ごすという子どもも珍しくない。また、誕生日やクリスマスなどのイベントの際は、別居中の片親とその新しい家族も集まり、一体となってお祝いをするそうだ。
「もちろん家庭の事情や各国の文化的背景の違いもありますし、どちらがいいという話ではありません。ただ、パッチワークファミリーのような家族のかたちや幸せもあるということを提案したかった」
事実婚や同性婚…。「家族」という大きな枠は同じ
かつて「夫婦ふたりと子どもがいる家族」が理想と考えられてきたドイツでも、女性の社会進出や離婚率の上昇をきっかけに、家族のかたちが多様化した。パッチワークファミリーのほか、事実婚、同性婚、養子縁組で子どもを迎える家族、ひとり親家庭などさまざまだ。いそがいさんは、婚姻関係を結んでいないパートナーと子どもの3人で暮らしているという。
「ドイツでは、法律婚だとか事実婚だとか、嫡出子だとか非嫡出子だとか、同性婚だとか、社会的にはっきりとした区分がないように感じます。もちろん、制度上の細かいことは異なりますが、結婚や家族という大きな枠としては同じ扱い。私自身、パートナーと婚姻関係を結んでいないからといって何も不利益がありません」
非伝統的な家族のかたちであるからといって、色眼鏡で見られたり、物色されたりすることもないそうだ。一方日本では、伝統的な家族観からはずれると「訳あり」「普通ではない」などと見られることも少なくない。
「私が幼い頃、親が離婚しているクラスメイトは決まって『かわいそう』と言われていました。そんなの、まったく言われようのない偏見です。日本でも3組に1組が離婚するといわれる時代です。社会の実態に合わせて、制度や人々の意識も変わっていくべきではないでしょうか」
公的機関や著名人の後押し受け「必要としている人に届けていきたい」
読者からは「読後、フワッと心が軽やかになる」「絵本でよく描かれている家族に当てはまらなくても『かわいそうな子』ではないと感じられた」などのポジティブな言葉が寄せられている。しかし、絵本を手に取るのは、このテーマに問題意識を持っている人やLGBTQ当事者に限られているそうだ。
「無名の新人作家が描いた絵本、しかも珍しいテーマなので手に取ってもらうまでにバリアーがあるんです。読んでもらうためには、自ら思いを伝えていって、後押ししてもらうことが必要だと思いました」
いそがいさんは絵本を広めるため、地元富山県の図書館を駆け回った。その結果、県と市あわせて40館の図書館で、寄与というかたちで絵本が収蔵されることが決定。また、出版社の推薦を受け、全国図書館協議会より「学校図書館に適した図書」に選ばれ、富山県すべての小中学校と一部の高校に配本された。
さらに、いそがいさんはクラウドファンディングで資金を募り、パッチワークファミリーと公言している女優の中谷美紀さんに絵本の推薦文を依頼。約半年間にわたる交渉が実り、中谷美紀さんの推薦文が絵本のオビに掲載された。
「彼女は、パッチワークファミリー当事者であることをポジティブに発信されています。そんな方に推薦文をいただけたら絵本の説得力が増すと思いました。同じ境遇にいる人や彼女の発信によって勇気づけられている方々に、絵本が届くことを切に願っています」
こうした公の機関や影響力のある人物からの後押しを受けたことは、大きな意味を持つ。従来の家族観を更新させるタイミングが、すでにきているということだろう。近い将来、パッチワークファミリーをはじめとするさまざまな家族の存在が当たり前となり、「普通」と「普通ではない」の境目がなくなることを願っている。