入院する子どもとともに、家族が病院に泊まり込み付き添うことを「付き添い入院」といいます。
ただでさえ大変な子どもの世話に加えて、親子で臨む闘病生活は、想像を絶するほど過酷です。
自ら不調を訴えることの難しい子どもの様子を常に観察し、ガーゼや点滴に触らないよう一瞬たりとも目が離せません。また、ある程度大きくなった子どもの入浴や排泄の介助は、幼子とは違うしんどさがあります。
日々のケアが休む間もなく続く中、子どもの病気や治療法を理解し、自身も生活していかなければならない親たち。
自分の食事や睡眠がままならない状態で、入院期間が長くなるほど、家族は消耗していきます。
限界の状況に置かれている親は決して少なくないのです。
そんななか、NPO法人キープ・ママ・スマイリング(東京都中央区)は、全国の入院中の子どもを育てるご家族を支援する活動を行っています。
理事長の光原ゆきさんに話を聞きました。
自身が体験した「付き添い入院」の過酷さと、活動の原点
光原さんは会社員として勤めながら、長女・次女を出産。2人とも先天性の疾患を持って生まれてきました。
長女は生まれてすぐに手術をすることになり、光原さんも一緒に泊まり込み、半年間病院で過ごしました。
その約3年後に授かった次女には、お腹にいるときに長女よりももっと難しい病気があることがわかりました。
長女のときと同じように、光原さんは次女に付き添い病院で過ごしましたが、残念ながら1歳を目前に亡くなりました。
「長女と次女、2人合わせると6つの大きな病院で一緒に泊まり込んで過ごしました。私も周りのお母さんたちも『まともに食べられない』『眠れない』状態で、付き添いの過酷さを経験しました。
泊まり込んでいると、小児科の先生も看護師さんも、子どもが元気になるために全力を尽くしてくださっているのがすごく伝わってくるんです。医療従事者の皆さんには感謝しかありません。けれど、もう本当にお忙しそうなので、やっぱり親が子どものケアをしないと…と感じる親は多いと思います」
光原さんは、付き添い入院時は片時も目を離すことができなかったと語ります。食事を買いに行く時間がとれずお菓子や子どもの食べ残しで食事を済ませたり、子どものベッドで一緒に寝るので寝返りも打てずに眠れなかったり。常に人目を気にしなければならない反面、家族や友人とゆっくり話せる時間はなく、孤独感に苛まれることもあったようです。
付き添い者へのサポートは病院によって差異がありますが、ほとんどが食事や睡眠などの基本的な生活に制限があるのが現状です。
光原さんも付き添いの間に体調を崩し、倒れたこともあったそう。
家で待つきょうだいのこと、学校のこと、自身の仕事のこと…心配は尽きません。
それでも、親たちは子どもと1秒だって離れたくないと思い、付き添いをしています。
「次女が亡くなった後、彼女とともに経験したことで誰かの役に立つことができれば、それが彼女が生まれてきた意味を作ることになるだろうと考えました。過酷な環境で病気の子どもに付き添う家族を支え、笑顔で向き合えるようにサポートしたいというのがこの活動の原点です」
美味しいご飯でお母さんたちを応援!
キープ・ママ・スマイリングは今年で10周年を迎えます。
その活動の軸となるのが、付き添いの家族にお弁当を届ける『ミールdeスマイリング』です。
「付き添い時、1番つらかったのはやっぱりご飯だったんです。
美味しいものを食べたとき、心がほどけていくような感じがしてホッとしますよね」
やはり健康面でも支えが必要だと話す光原さん。
栄養バランスのとれたお弁当を届けることで、付き添う家族の心と身体を元気づけます。
「子どもが病気で、しかも難しい病気だったりすると、やっぱりどんなに仲のいいお母さんでもかける言葉が見つからないことが多いですよね。けど美味しいご飯って、それ自体が《応援してるよ》ってメッセージになると思うんです」
そして2020年、コロナ禍をきっかけにもうひとつの新しい事業が生まれました。
「私たちを含めて多くのボランティア団体が病棟に入れなくなり、さらに週末は交代していたお父さんやおばあちゃんも付き添いの交代や面会ができなくなりました。院内でもコンビニに行くことを制限されたり、共用スペースが閉鎖されたり、もともと厳しかった状況がさらに過酷になっていることを耳にしました。それで、私たちに何かできないかと思って始めたのが『付き添い生活応援パック』でした」
着の身着のままで入院になり、買い物に出られない付き添い中の家族、多くは母親たちのため、レトルト食品、マスク・衛生用品、着替え、基本的な生活用品をセットにしたものを段ボールに詰めて全国に無償で届ける『付き添い生活応援パック』。セットの内容は、実際に付き添い経験のあるスタッフたちで話し合い、何があったら喜ばれるかを考えたそうです。
この活動は、寄付と助成金、そしてこの活動に賛同する多くの企業が自社製品の提供という形で支援をしており、これまで6,200人以上の方が受け取っています。
付き添い入院のあり方を考える
2022年、キープ・ママ・スマイリングは付き添い入院の実態を把握するため、アンケート調査を実施しました。
付き添い入院の環境改善は個々の病院で対応するには限界があり、さまざまな面でのサポートが必要になるので、まずはそれを議論できる場所を作りたいと光原さんは話します。
アンケートには、過去にキープ・ママ・スマイリングの応援を受け取った家族を中心に3,000人以上もの方から回答があり、このテーマでは過去に類を見ない大規模調査となりました。そしてその結果とともに、国に要望書を提出。それを受けた子ども政策担当大臣が記者会見を行い「付き添い入院の負担軽減に向け、国としても今年度中に医療機関を対象とした実態調査を行う」と明らかにしました。当事者の声が国を動かし始めたのです。
「回答をくださった方々は、これから付き添うお母さんにはこんなつらい思いをしてもらいたくない、自分の経験が誰かの役に立てたらという思いで、たくさんの設問に答えてくださったと思うんです。私たちがこれまでコツコツと活動してきたことで、その思いを託してもいいと思っていただけたのかと思います」
一方、家族の意見だけでなく、病院や医療従事者の事情、そして子どもたち自身の思いも大切にしなければなりません。
「そんなに大変なら医師や看護師に任せて、家族が付き添いをしないで済むようにすればいいと言う方もいらっしゃいます。でも子どもにとって、具合が悪いときにお母さんお父さんが背中をさすってくれるということは、やっぱりどんなにプロフェッショナルの看護師さんでも替えがきかないんです。当然、親だって子どもと一緒にいたいと思っています。
もちろん、各家庭の事情があるのは前提で、付き添う・付き添わないを選べることもまた大事ですし、入院した子のきょうだいも、会いたいときにはお母さんと会えるように、子どもを安心して病院に任せることができる環境作りも大事だと思います」
2023年12月、キープ・ママ・スマイリングを含む全国各地のNPO11団体が発起人となり「小児病棟付き添い食支援連絡会 えんたく」が設立されました。
付き添い食を提供したい人・団体のための運営ノウハウ連続講座を実施するなど、その活動が広まっています。
「国ができること、病院ができること、そして地域の人や企業ができること、それぞれにできることがあると思うので、みんなで入院している子どもとご家族を応援する場を作っていけたらいいですね。私たちはNPOとしてできることに力を尽くします」