「北野から、きたの?」「高尾山口行きは、「登り電車」と呼びたい。」など、くすっと笑える地元ならではのおもしろ看板を、八王子市中心に64箇所設置。インパクトの強い看板で有名なきぬた歯科とのコラボレーションも話題となった八王子市横山町の不動産会社「株式会社エスエストラスト」社長である杉本浩司さんは、学生時代サッカーにのめり込み、実は「不動産屋なんて絶対やりたくない」と考えていたという。
「父はもともとある不動産会社の専務でした。中学3年生の時、その会社はバブル崩壊に伴い倒産。私はその事実を志望校の合格発表の日に知りました」
そんな中、日大鶴ヶ丘高校に進学。1993年。高校生だった杉本さんは、Jリーグ開幕の熱狂の中にいた。高校サッカーに出ず、ブラジルで武者修行してプロになった三浦知良選手の大活躍に大いに刺激を受けた。
「俺もプロになりたい。でも無名だ。だったら、三浦選手のようにブラジルに行くしかない。とにかくそう思って、高校卒業後にブラジルに渡りました。4年間現地のサッカーチームに所属してプレーしましたね。」
ブラジルから帰国し、Jリーグのチームのプロテストにチャレンジ。FC東京にサガン鳥栖。友人宅やカプセルホテルに泊りながら、各地に遠征した。
「母の貯金を全て使い果たしての遠征でした。でも、結局全部だめだったんです。自信はありました。でも、当時私は23歳。一緒にテストを受ける高卒の選手とプレーは遜色ない。でも一緒では若手を採用するんですよね。23歳は即戦力じゃないとだめだと言われました」
地域リーグなどからの誘いもあったが、当時お付き合いしていた妻との結婚を考えるとその選択肢は無かった。「サッカー諦めた方がいいのでは」そんな父からの一言で決断した。
「父は倒産を乗り越え、1992年に再び起業していました。それが、エスエストラストです。不動産売買で失敗した経緯から、今回は不動産賃貸をメインに事業展開していました。私はまずアルバイトスタッフとして働き始めました。最初は駅前で看板持ちをしたり、アパートの清掃をしたり、家賃滞納者の対応をしたり、とにかくなんでもやりました。サッカーと同じでやるからには1番になりたいと思うようになり、正社員に。宅地建物取引士の資格を4回目のチャレンジでなんとか合格。一生懸命働きました。」
杉本さんはブラジルで磨いたコミュニケーション能力を活かし、どんどん仕事を得るようになっていった。
「いまでは天職だと思います。いろんな方と知り合って、相談が仕事になり、それがつながってまた仕事となり。とにかく楽しいと感じています」
27歳で結婚。その頃、アパマンショップのフランチャイズをやりたいと提案し、第1号店を出店。29歳の時に社長を父から引き継いだ。社員数人の会社だったが、地元出身者や八王子の大学の卒業生を中心に積極的な採用を行い、現在では社員96名(うち正社員68名)まで成長した。だが、杉本さんは気になっていることがあった。
「アパマンショップのフランチャイズなので、電話を取るときもアパマンショップですって言わないといけないんですよね。アパマンショップのブランド力で成長させていただいたんですが、社員がどんどんアパマンショップの社員になっていっているような気がして。父が苦労して創業したこのエスエストラストという名前をもっと大切にしたいと思っていたんです」
ある時、知人の誘いで金沢の「のうか不動産」が面白いということで視察に行った。そこで、苗加(のうか)社長のブランディング戦略にヒントを得たという。
「交番の隣の建物の壁に『苗加をなえかと読むと逮捕する』という看板を出すなど、大変注目を浴びる看板を展開していました。キャッチコピーは『日本一まめな不動産』ということでとにかくチャレンジングで面白かったんです。このアイデアはいいと思い、苗加社長に了承をいただいた上で、エスエストラスト社も看板戦略を行うことにしました。いまから7~8年前の話です」
地元出身のライターも加わるクリエイティブチームが、地域ならではのくすっと笑えるネタを仕込んだ看板を制作。大家さんたちの協力を得て、八王子市内を中心に徐々に増やしていった。看板をきかっけに、エスエストラスト社の認知度が上がり、地域からより頼られる会社へと成長しているという。大家さんのつながりで、看板が話題のきぬた歯科とのコラボレーションも実現した。
「八王子で不動産屋を利用する人って、地元の方か、大学進学か就職、転勤で上京してきた人が中心です。八王子市外から来る人にはアパマンショップのブランドが効果的です。一方で、看板効果もあり地元の方には、部屋探しはエスエストラストだよねって思ってもらえるようになってきています。相乗効果ですね。八王子エリアのアパマンショップはエスエストラストがやっている。地域の方にそう思われたいです」
ちなみにアパマンショップ創業者の大村社長とは、会社経営や、アパマンショップがJリーグのアビスパ福岡を支援していることから、サッカーチーム経営のことも教えてもらう関係という。
「営業って、新規と紹介とリピーターですよね。顧客を紹介していただくためのネタづくりだと思います。まあ実際は私が好きなこと、面白いと思うことをやっているという側面もありますが、コンテンツマーケティングを意識しています。看板以外にもコワーキングスペースやブラジル料理店、サッカーチームなど様々なことをやっています」
かつて武者修行したブラジルをもっと知ってもらいたいという思いから、八王子市三崎町にブラジル料理店NossAを開店。そのお店がきっかけで、八王子にもJリーグチームを作ろうよという話が盛り上がり、FC NossA八王子を設立。昨年クラブは東京都3部リーグを全勝優勝し、2部に昇格した。最後に今後の展望を伺った。
「社長なのでマネジメントもしますが、やっぱり私は現場が好きです。ここにはこんな不動産が必要とされているんじゃないかなって考えながら街を歩く時間が好きですね。これからも地域で必要とされる会社、地域で1番の会社を目指して頑張ります。そしてやっぱりサッカーですね。自分もかつてサッカー選手という夢がありました。そしていま子どもたち3人もサッカーをしています。八王子からJリーグ。そして、八王子にJリーグのスタジアムができて、そこでみんなでビールを飲みながら盛り上がりたい。それがいまの野望です」
エスエストラスト社の合い言葉は「不動産屋がここまでやるか」だ。その言葉の通り、地域の不動産屋から、地域を盛り上げる会社へと突き進んでいる。「八王子を楽しむ仲間を増やしたい」サッカー少年のような目の輝きで楽しそうに語る杉本さんのこれからの展開に目が離せない。