人生の最期に何を大切にしたいか、考えたことはあるだろうか。日常に追われていると、つい後回しになってしまう終活。それは「死ぬためにすること」というよりは「今をより良く生きるため」の作業という考え方がある。
香川県丸亀市在住の終活カウンセラー、木村奈美さんもそんな考え方を持つひとり。母親の死をきっかけに「元気なうちに、終活に取り組む大切さ」を発信している。
母親に”偽りの笑顔”
「母の余命が1ヶ月と医師に告げられたとき、母に本当のことを言えず、嘘を重ねて偽りの笑顔で接している私がいました。そんなことを繰り返したくないという思いで、終活を学び、その大切さを発信するようになりました」
木村さんは2009年4月に、母親を多発性骨髄腫で亡くした。母親の精神的ダメージを考慮すると、告知できない病気だった。当時、木村さんの子どもは生後まもない乳幼児。病床の母親が「私と孫のどっちが先に歩けるようになるかな」と前向きに語りかけてくれても「そんなの無理なのに」と内心で思うような日々を過ごした。
「母のことがあったので、我が子の誕生も心から喜んでいられませんでした」と語る木村さん。母親は告知から数ヶ月後に、最期にどうしたいか告げることなく、この世を去った。木村さんには後悔が残った。
その後、木村さんは終活を学び始め、終活カウンセラー1級の資格を取得。市民向けに終活を考えるワークショップを開いたり、終活にちなんで脳トレ講師やフィナンシャルプランナーとしても活動したりしている。
2019年7月には「ゆるい終活新聞」と題して月1回の情報発信を開始。終活で必要な基礎知識を中心に、役立つ情報をまとめている。2024年1月に50号を数えた。木村さんは「大切だけど伝わっていない情報は、何度か繰り返してテーマにしています」と話す。
新聞のサブタイトルには「元気なうちに整える」と謳った。健康で元気なときは前向きな発想になる人も、病を抱えていたり不安なときは、やりたいことさえ見つからないものだ。
「不安や孤独を抱えている『マイナス』の状態から『ゼロ』に持っていくことが、私にできることだと思っています。そうすれば、『ゼロ』から『プラス』には本人の力で主体的に動いていくことができるからです」
市民活動として終活を支援
木村さんは毎月1回、丸亀市市民交流活動センターマルタスで「ゆるい終活」と題したワークショップを開いている。よく取り上げるのが、余命半年を想定した「もしバナゲーム」だ。4人で取り組むゲームで、35枚のカードの山から手元に5枚残るように1枚ずつカードを取っては捨てていく。その人が大切だと思うカードが、最後まで手元に残る。
カードには「家で最期を迎える」「人との温かいつながりがある」「ユーモアを持ち続ける」など、1枚に一つずつ言葉が記されている。大切に思うものは、一人ひとり違うので、他の人が捨てたカードが自分にとっては大切だということもある。
「最後に自分に残ったカードを見ながら、みんなの前で気持ちを話します。参加者が話してくれる内容によってどんな場になるか異なりますが、全員が泣いてしまったこともあります」
「終活で大切なことは、言葉にしてみること。人は心の中で望んでいることを言葉に出さずに生きていることも多いと思います。カードを使って自分の気持ちに気づくことができ、心の中の思いを話せる場所でもあるところが、もしバナゲームの良さです」
木村さんは「今をより良く生きる」という終活のキーワードに近づくことが大切だという。例えば「人との温かいつながりがある」というカードが最後まで手元に残ったら「1週間以内に誰かに連絡を取ってみる」など実際に行動することを勧めている。「いま大事にしていることに気づいて、行動してもらう」ゲームだ。
「夫との会話が増えた」
入門者が取り組みやすい終活のテーマを木村さんが挙げてくれた。「財産を把握する」「家の中の危険を排除する」「健康・体力づくり」の三つだ。
こうした終活に取り組んでみて、木村さんは「夫との会話が増えました」と語る。テレビを一緒に見ているときなどに「私だったらこうしてほしい」と伝えたりする。ただ、人生の最期を木村さんがどのように過ごしたいか、夫に理解してもらうところまでは進んでいないという。木村さんは「まだ、終活の途中です。楽しみながら、家族と会話を続けたいと思います」と話した。
そんな木村さんが、終活で大切にしていることが二つある。「知識を得ることは、選択肢を知ること。そして、主体的に動くことで今を生きられるようになること。この二つが最も大切です」と教えてくれた。
また「終活は手段でしかなく、目指しているのは心の孤独の解消です」という木村さん。自身も子どもが生まれたとき、病床の母親が「おめでとう」と言ってくれても、心から喜ぶことができなかった。孤独だった。
そんな状態から抜け出せたのは、終活のおかげだという。
「どんな人にも、死は必ずやってきます。だからこそ向き合ってほしい。元気な時から備えておくことで、後悔のない最期を迎えられると思います」