市民劇に出たい人、全員集合。香川県丸亀市で、誰一人取り残さない全員参加型の市民劇「丸亀ユートピアパラダイス」が11月26日に上演される。脚本と演出は、社会的な課題をテーマに活動を続けている丸亀市在住の映画監督、梅木佳子さんが担当。演劇初心者を含む市民メンバーとともに練習に励んでいる。
オリジナルソングも登場
市民劇の練習は、毎週土曜日と日曜日の午後から。参加できるメンバーが集まって、ラジオ体操で体をほぐすところから始まる。時に笑い声が上がったり、柔らかな雰囲気で練習が進んでいた。
取材した日は、オリジナルソングの練習がスタート。歌が得意なメンバーが作曲し、歌詞は他のメンバーたちの希望も踏まえてまとめられた。梅木さんは「歌詞から劇のコンセプトが伝わってきます」と評価した。
《手をつないで虹を渡り、一緒に歌えば、みんな友達》
初めて歌ったとは思えないほど、みんなの声がしっかり出ていた。梅木さんが率先して大きな身振りで手拍子してみせ、歌の輪を作る。「笑顔で」という注文も飛んだ。
「丸亀ユートピアパラダイス」は、ホール全体が一体になって参加できる全員参加型の市民劇。観客にも歌ったり踊ったりできる場面が用意されている。出演者は演劇初挑戦という素人の市民が多い。オーディションなどで役者が選ばれるのではなく、「出演したい」「参加したい」という希望があれば、誰でも参加できる。
ストーリーは梅木さんが書き下ろした。無人島にたどり着いたカナダ人のジョーダンが周囲に助けられながら、廃材を使ってユートピアを作っていくという内容だ。歌と踊りがふんだんに取り入れられており、「出演者も観客も、とにかく楽しい劇」(梅木さん)を目指している。
「みんなの劇場」開館に向けた挑戦
今回の市民劇は、026年3月に開館する新しい市民会館「みんなの劇場(仮称)」の建設に向けて、誰もが芸術と接点を持てるような気運を作る一環として、企画された。6月に参加者が一般募集されると、10代から70代までの約70人が集まった。中には「いつか舞台に立ってみたかった」という70代の女性もいる。
丸亀市文化課課長の村尾剛志さんは「みんなの劇場は、文化や芸術が好きな人だけのための場所ではなく、例えば、病気など課題を抱えている人にも接点がある場所にしたいと思っています。その前段階に位置付けられている今回の市民劇は、メンバーそれぞれのできることや得意なことを持ち寄ることで完成に向けて進んでおり、とても雰囲気がいいんですよ」と話した。
脚本と演出を担当する梅木さんも、全員参加を意識して舞台を作っている。脚本を書き始める前に、参加メンバーの特徴をつかむために様子を観察したり、アンケートを取って、それぞれの得意なことややりたいことを引き出していった。舞台に立つ人は34人で、全員が「演じてみたい」という希望者だ。梅木さんは、希望した全員に役を準備した。
中にはクラシックバレエの経験者もいて、梅木さんはダンスで舞台を舞う場面を設定した。演劇の経験もなく特別なスキルを持っていない人も「もっと大きな声で」などとアドバイスを受けるうちに、堂々とした演技を見せるようになった。周囲から刺激を受けて、演技をブラッシュアップする良い循環が起きているという。
「これまで映画監督として、役者と仕事をしてきたので素人の市民と取り組むことに最初は不安もありました。でも、市民劇を『やりたい』という熱意がとても高いメンバーが集まっているので、お互いに良い刺激を与え合ったり、とても良い内容に仕上がってきています」と、梅木さんは話す。
サポーター養成講座の修了生も参加
参加者の中には、「みんなの劇場」のサポーター養成講座を受講して、劇の作り方の基本を学んでいる人もいる。そんなメンバーがリーダー役になって、声出しや練習をリードしているという。梅木さんにとっても頼りになる存在だ。
「香川の人は引っ込み思案なイメージがあったのですが、こんなにたくさんの人が舞台に立ちたいと希望してくれたので驚きました」
「メンバー同士がお互いを尊重して、演技を受け入れているところが素晴らしいと思います。助け合ったりする場面も見られて、チームワークもできてきました」
作品の見どころは、カナダ人の主人公に瀬戸内海の魚たちや地域の人が協力していくところだという。「誰ひとりとして孤立させない丸亀の社会を作ることを目指していますが、多様な仲間たちが協力する場面が現実社会の姿と重なって見えました」と村尾さんは話した。
「丸亀ユートピアパラダイス」は、丸亀市生涯学習センター3階大ホールで11月26日午後2時に開演する。チケットは大人1000円で販売されている。
「観客の人もホールに足を踏み入れたら、もう参加者の一員です。一緒に歌を歌える場面では、積極的に歌ったり踊ったりして楽しんでほしいと思います」。開演に向けて、梅木さんがメッセージをくれた。
梅木さんのリーダーシップのもと練習が進む市民劇。観客としても積極的に参加できる新しい試みに、わくわくした気分になった。