4年間不登校だった発達障がいの息子が数式アーティストに 世間の一般常識を捨てた母子の生き方とは

4年間不登校だった発達障がいの息子が数式アーティストに 世間の一般常識を捨てた母子の生き方とは
数式アーティスト・馬場日向さん(右)と、母・裕子さん(左)(裕子さん提供)

2022年度の小中学校における不登校者数は約29万人で、10年連続で増加中ーー。文部科学省が2023年10月3日に発表した資料により明らかとなった。不登校の理由は児童の数だけあり、苦悩と葛藤の日々を送る親子は多い。

新潟県長岡市に、約4年間の不登校を経て発達障がいの特性を活かしアーティストとして活動する男性がいる。馬場日向(ひゅうが)さんだ。今輝かしく活躍する日向さんだが、不登校期間を含む小学校から中学校までの日々は、親子ともに苦難の連続だった。不登校中の子どもとどう向き合ったのか、母・裕子(ゆうこ)さんに話を伺った。

誰にも弱音が吐けなかった初めての育児

裕子さんは、2人の息子を持つ元保育士のシングルマザー。

2002年に第1子となる日向さんを出産。我が子を自分で育てたいと、保育園を退園し、12年のキャリアをストップした。

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初めての育児は、保育士経験で得た声掛けや対応を活かした。しかし、毎晩続く激しい夜泣きで常に睡眠不足になる。日中も、癇の強さから1度泣き始めると火がついたように30分以上泣き続ける。何度も対応していると、さすがの裕子さんも余裕がなくなりイライラもピークに。しかし、誰にも弱音を吐けなかったという。

「元夫は育児に無理解かつ不機嫌な態度ばかりで、まったく向き合ってくれませんでした。どんどん心が孤立してしまって…。子育て自体は大変ではあったのですが、『我が子を大切に育てたい』『日向のいちばんの理解者でいたい」の一心で毎日踏ん張りました」

日々は流れ、2歳下の次男が誕生。忙しさで心身の余裕はますますなくなり、3歳になる日向さんを保育園に入れる決意をする。当初は喜んで登園していたものの、担任や園の雰囲気が変わると登園を拒否する、いわゆる“登園しぶり”が増えた。なだめたり、落ち着かせたりなど、園に行かせるまでがとにかく大変だった。

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学校に行かせるための“ウソ”が招いた、母への失望

2009年に小学校入学するも、2週間ほどで登校しぶりがはじまった。

裕子さんは日向さんに学校に行かない理由を聞いたり説得したり、あの手この手で登校を促した。しかし、日向さんは「学校に行きたくない」と強い意思を示すようになっていく。「よし、今日は休ませよう」。意を決して担任に電話した。

「『今日休んでしまうとずっと学校に行けなくなりますよ。どうにか連れてきてください。学校に来たらなんとかしますから』と言われ、心が揺らいでしまいました」

懇意になってくれ、また日向さんの長所も認めてくれる担任への信頼もあり、この時は自分の意思より担任の言葉を尊重した。

「登校するために『ちょっとお母さんとドライブしようか』と日向を誘って車に乗せました。そして学校の前で止めるわけです。後部座席を振り返ると、裏切られたという顔で私を見つめていました。後悔先に立たず。我が子に嘘をついてしまった罪の意識にさいなまれました」

ただ、生きているだけでいい

その後、日向さんの登校しぶりはますます強くなり、回数も増えた。プライベートでは元夫との離婚調停が重なり、実家にも居場所がない。引越し、転校と環境がめまぐるしく変わる。変化が苦手な日向さんにとっては大きな負担となり、パニックを起こして暴れるようになった。

「ひとりで対応するのは、もう限界だ」。心が折れかけた裕子さんは長岡市教育センターに相談した。

「『お母さん、これまでよく頑張ってこられましたね』と言葉を掛けられました。初めて誰かに理解してもらえたと感じて、涙があふれました」

その後医療機関を受診し、「広汎性発達障害」の診断を受ける。同時に特別支援クラスに籍を移すよう勧められるものの、学校側は受け入れなかった。それでも裕子さんはあきらめない。相談と要望を繰り返したことが功を奏し、数カ月後特別支援クラスに籍を移せることになった。

しかしながら、日向さんにとって安心の場にはならなかった。その時の欲求を受け入れても、どんなふうになだめても、錯乱状態が強く頻回になってしまう。まるで激しく渦巻く苦悩の淵にただひとり取り残されているかのように、「学校怖い怖い」「助けて助けて助けて」と吐き出し続けていた。無力感に包まれるしかなかった裕子さんは当時の状況を「暗闇の毎日」と振り返る。

頼みの綱で、別の病院を受診。そこでようやく医師から「学校に行かなくていいですよ」の言葉を掛けてもらう。医師のお墨付きを得たこの瞬間、裕子さんの心はすっと晴れやかになった。なぜなら、かつて日向さんの意思を尊重したくても「ダメな親と思われたくない」と抱え込んだ小さな自己保身の気持ちを、なんの迷いもなく一気に手放せたからだ。

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この翌日から日向さんの完全不登校生活がスタート。小学5年生の冬のことだった。

「穏やかな暮らしになりました。でも、また新しい心配が沸いてくるんです。『ちょっとでも勉強しようか』『散歩に行こう』『この時間までには起きようね』と。日向にとっては口うるさく聞こえていたと思います」

ずっと待ち望んでいたはずの完全不登校生活。日向さんのペースを大切にしたい気持ちと一般的な価値観との間で揺らぐ裕子さんは、失意の中でなにげなく彼の手をじっと見つめていた。すると、こんな言葉が心の底から沸き上がってきたという。

「この子は、ただ生きているだけでいい」

心のベクトルが180度変わった。手を見つめるといった、ほんの些細なことがきっかけだった。朝起きて眠っている子どもたちの顔を見ると、「ああ、今日も生きている」と思うと同時に、愛おしさと幸せがあふれてくる。日向さんらしさを大切にすることに、完全に迷いはなくなった。すると、物事が少しずつ好転していくーー。

中学入学時には、‶学校に通わない“意思を、毅然とした態度で校長に伝えた。穏やかに理解を示してくれた。

独創的センスのものづくりの日々と、数式との出会い

実は日向さんは、幼少期から絵画や工作などの遊びを通して、独創的な世界観を表現し続けている。

日向さんが時間を忘れるほど夢中になっている好きな世界や得意なことを、裕子さんは大切にし続けた。造形活動やワークショップなど、彼が「好きそう」な場を見つけては積極的に足を運んだ。

また、どん底の状態が続いていた5年生の時に、日向さんの自己肯定感を守るため、Facebookページ「ものつくり日向」を開設して彼の作品を投稿。いいね!のリアクションがあるたびに彼に伝え、自信に繋げた。

「完全不登校を決めてから、日向の個性を理解してくれる人たちとの出会いに恵まれました。臨床美術の先生、美術専門の中学校担任をはじめとする多くの人が、アートからにじみ出る日向らしさを褒めてくれました」

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日向さんは、中学1年の途中からフリースクールに通うようになる。学校のテストを受けると、授業を受けていないのに数学だけが80〜90点と抜きん出ていた。だが、裕子さんにとっては「得意なんだな」くらいの認識でしかなかった。

時が経ち、高校3年生のある日。裕子さんは、片付けが苦手な日向さんの部屋に散らばっている学校プリントをなにげなく手に取る。裏を見ると数式が隙間なくびっしりと書き込まれていた。

「なんて美しいのだろう。数式は、きっと日向の未来に繋がる」

整然と並ぶ数式に可能性を見出した裕子さんは、こっそりと撮影してInstagramに投稿。この日向さんへの思いが、後に出会うファッションデザイナー小川結布好(ゆうこ)さんとの縁を結び、数式がファッションとして形になっていくこととなる。

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アーティストとして生きていく

高校卒業後の2021年4月から「Artist Hyuga(アーティスト日向)」として活動をスタート。同時に数式デザインのプロジェクトも始まった。裕子さんはマネージャーのような役割を担い日向さんを支える。

彼の才能を活かすと決めてから、驚くほどのスピードで人生が展開していく。数式をデザインしたテキスタイルは洋服やバッグなどに形を変えた。2021年11月には初の数式ファッションの作品を展示販売。さらには数式に惹かれた音楽クリエイターの高校生、難病で我が子を亡くした男性2人と繋がり、2023年5月に数式と音楽をコラボした「数式音Tシャツ」を販売した。

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以前は人前に出ることを拒み、表情も固く寡黙だった日向さん。今では彼の個性を存分に発揮した場になると、自ら外に出向き、展示会では接客をする。ファッションショーでは大勢の前でモデルも務めた。自信に満ちあふれている日向さんを見つめ、裕子さんはこれまでの苦難の日々に思いを馳せる。

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「日向の個性を大切にしたいと願いながらも自身の価値観にもとらわれてしまい、一人でがんばり過ぎていました。親子ともに辛いだけでした。でも “日向が、いま、幸せであること”に心の矢印を向けると、彼の個性や才能を認めてくれる人たちとのご縁が広がっていったんです。大事なのは、親子それぞれの“自分らしさ”に目を向けること。誰しもに『不登校だったから今がある』と語れる、無限の可能性が広がる未来があると信じています」

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Artist Hyuugaの公式サイト

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