ジロっとにらむような表情の猫が、つぶやく。「不機嫌は無言の暴力」「ハンバーグでも嫌いな人がいるから、みんなに好かれるなんてムリムリ」。大阪市平野区の専念寺住職、藪本正啓(まさひろ)さんは毎朝、寺の掲示板に”人生訓”を張り出している。インスタグラムなどSNSでも発信されており、2023年7月にフォロワー数5万を超えた。
寝込んだ時の改善でフォロワー増
《あなたが生まれた時、沢山の人を笑顔にして幸せにしたんです。だから「私なんて」って思わないで》
藪本さんは午前7時ごろ、寺の前の掲示板に「ひとこと」を張り出す。25代住職になった2006年ごろ、20代の感性を生かして始めた。実際に筆を持って、半紙にしたためる。インスタグラムなど数種類のSNSでも同じ言葉を発信しており、多くのコメントが寄せられている。
そんな藪本さんが、一番好きな言葉を聞いた。
《成功したければ、まず願ってください。そして正しい努力を長く続けてください。絶対に実ります》
実は、藪本さんも願って努力することで、多くの成功体験を積んでいる。6月には6000程度だったインスタのフォロワー数は、1か月ほどで一気に上昇。体調を崩して3日ほど寝込んだ時に、これまでの投稿を読み直してスタイルを変更したという。「自分を見つめ直す言葉」など、テーマを設定して発信し始めた。
「SNSのフォロワー数は目標があるのですが、それも仏(ほとけ)さんにお願いしています。いつものお経を読み終えると、日々の感謝や家族のことなどの後で、自分の願い事をします」
人は必ずしも崇高な生き物ではないと考える藪本さんは、自分の欲や望みも願っているという。
今年迎えた藪本さんの41歳の誕生日は、特別な一日だった。小学1年生の頃に、父親を同じ年齢で亡くした。「誰もが41歳を迎えられると思っていませんでした。もう一度、生まれ変わるような気持ちでした」。そんな誕生日を前後して、フォロワー数が伸びた。奇跡のような出来事だった。
藪本さんはその日、《私を私に産んでくれて、ありがとう》と投稿した。
苦労している地域猫が代弁
インスタの発信には、地域で撮影した野良猫たちの写真を組み合わせており、多くは片方の耳をV字型にカットされた地域猫だ。不妊手術をほどこされた猫たちは地域猫と呼ばれ、周辺には20匹程度いるという。
「インスタのフォロワーが一定数になったら、改名しようと思っていました。ここ1か月ほどでフォロワー数が伸びたので、『ネコ坊主』を名乗り始めました」
藪本さんは、近所の野良猫たちの姿を100枚ほど撮影。その多くは、ジロっとにらむような表情だったり、鋭い目つきの猫たちだ。自然な表情である。
「苦労をたくさんしている地域猫に、私の言葉を代弁してもらうことで、マイルドになって多くの人に受け止めてもらえるのではないかと思っています」
必ずしも可愛い表情ではなく、ジロっとにらむようなネコ坊主は、こうして生まれた。
気になる言葉が続々
藪本さんの投稿には、深く頷ける内容が多い。
《不機嫌は無言の暴力》
この言葉の背景を藪本さんに聞くと、仏教の「和顔施(わがんせ)」と言う考えがあるという。笑顔で挨拶したり、話しかけることは、それ自体がプレゼントであるという意味だ。藪本さんは、その真逆が不機嫌であると解説した。
《コツコツと積み重ねる努力と運が合わさると奇跡となる》
「成功者は地道な努力を毎日続けられる人」だと藪本さんも思っている。若者の中には、いきなり成功してやろうと思っている人もいるが、本当の成功者には、そのような人はほとんどいない。藪本さんにとって、インスタなどのフォロワーが伸びたことも、小さな成功体験だった。
《ハンバーグでも嫌いな人がいるから、みんなから好かれるなんてムリムリ》
誰もが大好きだと思っていたハンバーグ。しかし、藪本さんがハンバーグ専門店に後輩を連れて行ったところ、「ハンバーグ食べられないんです」と断られたという。実は、絶対に嫌いな人がいるという考え方も仏教の教えだった。「生まれし者は、嫌いな人間に会わなければならない」といい、四苦八苦の中の八苦の一つだと教わった。
専念寺は1597(慶長2)年に建立。豊臣家ゆかりの悪縁切りの寺などとして知られる。藪本さんがインスタの発信に猫を採用したのは、仏教が大陸から伝来した際に書物が輸入され、猫がネズミを退治した功労者であることにちなんでいる。
ツイッターのフォロワーは7万を超えるが、中には批判的なメッセージが返されることも。藪本さんは「短文なので誤解されやすいんですね」と話し、釈迦の教えを引用しながら語った。
「お釈迦さんにも罵声を浴びせた人がいました。お釈迦さんは顔色を変えずに、ただ立っていて受け流し、現代の言葉でいうと”ブロック”したそうです」
最後に藪本さんの言葉から、今日一日のための一節を贈りたい。
《あなただって「大事な人」なんだから。大事な人にかける言葉を、あなた自身にもかけてあげて下さいね》