「人生にリハーサルなんてない、毎日が本番!」
「ドラマチックでなければ成長はない!」
「考えるな、感じろ!」
旅を通して、若者たちに熱いメッセージを贈り続けてきた中村隊長こと中村伸一さん。34歳の時に「地球探検隊」という看板の元、「多国籍ツアー」「大人の修学旅行」など、斬新で新しい体験型の旅を提案する旅行会社を立ち上げた。
ツアー参加客を「隊員」と呼び、旅が終わった後も、その関係を大切に育んできた中村さん。彼の企画する旅は、多くの若者たちから熱い指示を受け、一時は「旅のカリスマ」としてメディアにも取り上げられた。順風満帆かに思われた彼の人生は、会社の倒産を機に一変し、彼自身の幸せの定義を大きく変える出来事と出会うことになった。
人生のどん底からの再出発
56歳の時、22年間続いた旅行会社が倒産。会社の保証人となっていた中村さんは、同時に自己破産を経験する。プライベートでは会社倒産の2年前に、拒食症を患っていた元妻を亡くした。そして次女の七海さんもまた、同じ病を抱えて苦しんでいた。
経済的にも厳しい局面を迎えた中村さんは、肉体労働の現場で5か月間、がむしゃらに働いた。「中村隊長、終わったな…」そんな声も聞こえてくる中、隊員や友人たちがかけてくれた言葉に救われた。
「会社なんかなくなったって、隊長は隊長だよ!」
「隊長には『会社』って枠が小さすぎたんだよ」
ブレそうになった時に、ネガティブをポジティブに切り替えるこれらの言葉が、中村さんの背中を押した。
さらに、どん底にいた彼を最後まで信じ、支えてくれた女性がいた。現在の妻である美香さんだ。人生、どんなに辛いことがあっても、たった一人、自分を信じてくれる人がいれば、生き続けられる。そう感じた中村さんは、57歳で美香さんと入籍し、人生3度目の結婚。そしてその翌年、長男、颯馬くんを授かり、58歳で再びパパとなった。
苦しい時にこそ、自分に起こること一つ一つに、どんな意味があるのか考え続けてきたと、中村さんは言う。
「人生で起こることの意味づけは、自分でできる。事実は一つでも解釈は無限大。周りがなんと言おうが、自分自身がどう捉えるか、だよね」
そんな彼は今、神奈川県横浜市で、美香さん、3歳になる颯馬くんと3人で暮らしている。日常の中にある穏やかな幸せが、彼が人生を再出発する上での、新たな原動力となっていた。
ゆで卵から感じる小さな幸せ
中村さんの日常は、会社を経営していた頃とは一変した。若者たちの先頭に立ち、世界中を飛び回っていた頃とはうってかわり、なんとも穏やかで、平凡な毎日が、彼の日常となった。
日々のルーティーンは、まず、朝のゴミ出しから始まる。その後、美香さんと一緒に家事をし、颯馬くんを保育園へ送るのが日課だ。
日中は音声メディア「Voicy」の収録を行ったり、ブログや書籍の執筆を行ったり、出版プロデュース事業を手がけたりと、「人の話を聞く」「書く」ことが主な仕事だ。
夕方、颯馬くんを保育園に迎えに行き、美香さんも仕事から戻ると、束の間の家族の時間。夜は颯馬くんをお風呂に入れて、寝かしつけをしたまま、うとうとと眠ってしまうこともある。
「本当にね、今まで体験してこなかったいろいろなことを、日々経験させてもらっている感じなんだよね。朝、息子に『パピー、むいて!』と言われて、ゆで卵の殻をむきながら、みんなで美味しいね、と食べている時が、本当に『幸せだなぁ』と感じる瞬間」
以前は、隊員たちを楽しませることと自分が楽しむことを大事にしてきた彼の心のベクトルは、いま大切な家族へと向けられている。
見つけた新たな「旅」の目的
そんな中村さんが、本職の「旅」を通して、家族の大切さに改めて気づいた出来事があった。それは、2022年に企画した沖縄ツアー。かつての隊員からの依頼で、ある親子のための沖縄プライベートツアーをコーディネートした。そしてその旅に、自身の2人の娘を誘ったのだ。
次女の七海さんは、当時、拒食症を患い、体調も決して万全とは言えない状態だったが、本人の強い希望もあり、ツアーへ参加。ツアー中に、初めて自分一人で馬に乗った七海さんの、弾けるような笑顔を目にした中村隊長は、自分の中から湧き上がる揺るぎない思いに気づいた。
「この笑顔を見るために、もっと家族と一緒に過ごす時間を大切にしたい」
子どもが成人するまでの間に、親子で旅行を楽しむ家族は多いが、実は、成人してからこそ味わえる、親子の時間もある。彼のそんな思いは、たくさんの人のためではなく、「大切な誰かを笑顔にするための旅」をコーディネートしたい、という新たな思いへと繋がっている。
「書く」ことで伝えたい思い
家族への思いは「書く」ことで、形にも残している。現在、中村さんは作家として、自分の人生や旅の体験を元に、4冊の本を出版しており、今後も新たな出版に向けて、意欲を燃やしている。彼が書く本の多くは、我が子たちに向けて、書かれている。
「会社が倒産し、人生の中の『余白』ができたことで、自分や子どもたちと徹底的に向き合うことができたんだよね。隊員たちのことも、もちろん大切だけれど、自分にとって家族はやっぱりかけがえのない存在。家族が喜ぶ顔を見るのが、自分にとって最大の喜びだと気づいたって感じかな」
ドラマチックな61年の人生を駆け抜けてきた中村隊長が辿り着いた場所。それは、穏やかな家族の笑顔と、ささやかな日常が交差する、かけがえのない幸せだった。