がんで余命2か月宣告の経験経て 「生きる力」と「社会の幸せ」を叶える保育に尽力

がんで余命2か月宣告の経験経て 「生きる力」と「社会の幸せ」を叶える保育に尽力
富岡保育園(岡山県笠岡市)副園長の村上太志さん

岡山県笠岡市にある富岡保育園に一歩足を踏み入れると、園庭で思い思いに遊ぶ子どもたちが迎えてくれました。タイヤや箱を並べてごっこ遊びをする子、靴を脱いで泥遊びをする子、年の差に関わらずチームを作って遊んでいます。子どもたちに囲まれる年長者を見ながら「あの赤いジャンパーの方は、ご近所の方。一日に何度か顔を出して、子どもたちと遊んでくれます」と話すのは、新たな福祉に挑戦する若手を表彰する「社会福祉ヒーローズ賞」を受賞した、同園・副園長の村上太志さん。2018年10月に余命2か月の宣告を受けた過去を持ちます。壮絶な闘病は人生観を変えるとともに、保育と社会との接点を考えるきっかけにもなりました。

子ども主体の保育を導入し奮闘中、突然がんに

富岡保育園では保育を「コミュニティの中で共に暮らしながら生きる力を育むこと」と捉えています。元々は年齢別のクラスがあり、子どもたちは制服を着て通園していましたが、2017年からクラス制・担任制を廃止し、異年齢保育を実践。現在、規定の制服や帽子はありません。

雨の日
雨の日

村上さんは年の近い子どもや地域の大人たちに囲まれたコミュニティで、海・山・自然にも恵まれた環境の中、自由な幼少期を過ごしました。そのためか、保育士の経験を積むにつれ、保育士が作った指導計画に沿って実施される「一斉保育」に違和感を感じるように。

2017年に副園長になった頃、東京の子ども園への視察で、ひとりひとりの子どもに様々な保育者が多様な価値観を持って関わる保育に出会い、影響を受けます。そして園長と話し、園庭にあった複合遊具を撤去し、室内の壁や引き戸を取り払いました。そして石垣の山やでこぼこのグラウンドを設け、子どもたち自身がクリエイティブに遊べる余白を作りました。

園庭
園庭

このように、園を挙げて精力的に新しい保育の実践に取り組んでいる矢先、自身ががんであることが突然発覚したのです。

ステージ4のがんから復帰

診察の結果、悪性リンパ腫ステージ4で、何もしなければ余命2か月であることを告げられました。そこから約1年の抗がん剤治療が始まりました。体力に自信があった村上さんでも、10日で体重は15kg減。自力で歩くのが難しくなるほど、体は弱っていきました。

園ではこれまで先導をきって保育の改革を進めていた村上さんが突然、不在になった形です。「絶対帰って来て! 困るんじゃけえ」という声が、村上さんにとって生き抜く大きな励みになりました。闘病の間、「これどうしたらいい?」と相談が来たことも。

村上太志さん
村上太志さん

「弱っている暇はないと、これまで読まなかった分厚い本を読み、勉強し、先生たちからの質問に答えていました。社会から必要とされることのありがたさを実感したんです。それまでだって、周りの人に感謝していなかったわけではもちろんないけれど、闘病を経て、心底、感謝するようになりました」

また、闘病中は、シーツを変えてくれる、車いすを押してくれる看護師の方を始め、多くの人の支援を受けました。

「何かをしてもらう側の立場になり、社会福祉について、そして、社会と保育との接点について考えるようになりました」

周囲の支えもあり、約1年の抗がん剤治療のあと寛解することができた村上さん。現在も月に一回の血液検査をしていますが、保育の現場に復帰することができました。

社会にとっての幸せを叶える保育園

村上さんにとって、社会福祉とは「社会にとっての幸せを叶える」ということ。そのために富岡保育園ができることは? 村上さんは考え続けました。

そして園の敷地内に「私設公民館とみほ村文庫」を開設しました。誰でもふらりと立ち寄れる場所とし、地域のミーティングが行われることも。本を寄贈してもらう取り組みの中で、より地域の人との縁が深まったと話します。

ミーティングスペース
ミーティングスペース

また「とみほ村ワンコインランチ」という、園児や職員と一緒に昼ごはんを食べながら交流できる催しを開催するなど、積極的に園を開いてきました。

ランチ
ランチ

今、園では日々、学生から年長者まで幅広い年齢層が顔を出します。逆にお便り配りや、地域イベントなど、園児が外へ出て地域の人たちと交流する機会も。

交流
交流

多くの地域でそうであるように、笠岡市でも少子高齢化が進行しています。富岡保育園がある通りでも空き家が増加し、子どもの声を「賑やかでなつかしい」という人が増えています。子どもたちとの交流を楽しみにしている人が多くいるのです。

交流
交流

「保育=暮らしという考え方でやっています。いろんな考え方、いろんな人とふれあうことで、生きる力が育っていく。けれど、子どもと触れ合わなくても、本を読みに来るだけでもOK。子どもも大人もだれもが『今ここにいてもいいんだ』とほっとしてもらえる場づくりをしていきたいです」

保育園が、社会にとっての幸せを叶える場へ。村上さんの挑戦は続きます。

村上太志さん
村上太志さん

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