「車で走ってると、農家さんに呼び止められるんです。『こっちにも、わなかけて〜』って。狩猟着が目立つから、すぐわかるみたい」
ビビットなオレンジ色の狩猟着を着た佐田恵利子さん。よく通る声で朗らかに笑う彼女は、静岡県浜松市で活動する「わな猟師」だ。彼女の所属する特定非営利活動法人ルーツジャパンは、市から委託を受け、みかんの産地として有名な三ヶ日地区の有害鳥獣捕獲業務に取り組んでいる。
子育てを終え、ようやく自由な時間を手に入れた今、彼女が選んだ「わな猟師」という仕事の魅力を聞いた。
佐田さんが猟の世界に魅せられたのは、2020年。きっかけは地元の猟師たちが開催した『見て!聞いて!食べて!猟師と楽しむBBQ』というイベントに参加したことだった。このイベントを主催していたのが、現在の佐田さんの師匠である狩猟家の岡本浩明さんだった。岡本さんはNPO法人ルーツジャパンの代表を務めている。
「岡本さんの実演が本当に面白くて。今まで全く興味なかったのに、結局わな猟免許と銃に関する免許、それに集団で猟をする際に必要なアマチュア無線免許までとってしまったんです」
今ではイノシシの捕獲から解体まで一人でこなす佐田さんだが、以前はキャンプもバーベキューも嫌い、虫も殺せないような女性だったという。
愛知県稲沢市で生まれ育った佐田さんは、高校を卒業後、大手銀行の名古屋支店に入社、結婚を機に家庭に入り、夫の実家である静岡県浜松市に移り住んだ。子どもたちは成長して親元を離れ、今は夫と義母とともに暮らしている。家族は佐田さんの猟師という仕事を応援してくれているという。
野生動物の捕獲・駆除には、「人間の都合で動物を殺すな」という批判的な声が常につきまとう。
しかし、猟師の高齢化や環境変化により、シカやイノシシなどの生育数は劇的に増え続けている。環境省によると、令和3年度のイノシシやシカ、カラスなどの鳥獣による農作物の被害は約155億円にものぼるという。みかん農家の多い三ヶ日地域では、主にイノシシによる農作物被害が深刻だ。
イノシシvs新米わな猟師 根底には「圧倒的イノシシ・リスペクト」
「2021年2月にわな猟免許を取ってから、毎日片道50分かけて山に通い続けました。動物が歩いている痕跡を見つけて、それを辿って。彼らが踏みそうな場所にわなを仕掛けるんです」
わな猟免許を取得してから、佐田さんとイノシシとの知恵比べが始まった。
佐田さんが使用するくくりわなは、ワイヤーを木にくくりつけ、イノシシが通りそうな場所に仕掛けて落ち葉や土で隠す。動物が足でわなを踏み抜くと、バネの力でわなが作動、ワイヤーが獣の足をくくり、抜けなくなる仕組みだ。
「わなを仕掛けたところにカメラを設置してイノシシの様子をみていると、明らかに私のわながバレているんです」
いつもは確実に踏む場所なのに、わなを避けてわざわざ大きく迂回するイノシシたち。わなを鼻でつつき、わざと発動させる猛者もいる。「新米猟師などに捕まってなるものか」と鼻息も荒く、イノシシたちはあの手この手でわなをかわす。まるでカメラの前の佐田さんをあざ笑うかのように、大きな尻を左右に振って悠々とフレームアウト。
佐田さんはイノシシの手のひらの上で転がされっぱなしだ。
「イノシシって、本当に頭がいいんですよ!本当に私、イノシシ大尊敬してます!」
しかし、佐田さんもこのままでは引き下がれない。においで気づかれないよう、髪にトリートメントを付けるのをやめた。化粧や芳香剤だけでなく、山に入るためには必須とされている虫除け・ダニ除けスプレーも我慢した。 わなが作動したにもかかわらず捕獲できないことが続く毎日。蚊に刺され、切り傷や青アザだらけになりながらも、佐田さんは山に入り続けた。
そして運命の6月9日、佐田さんの仕掛けたわなに、ついにイノシシが!
「初めてイノシシがわなにかかっているのをみたときは、めちゃめちゃテンション上がりました!こんなに広い山の中、こんなに小さな輪の中に足が付かないととれないんですよ!奇跡じゃないですか」
それから2年が経過し、今では年間25頭ほど捕獲している。佐田さんは農家からの信頼も厚い、立派なわな猟師に成長した。
「25頭獲れても、農家の被害対策としては十分じゃないんです。でも、ピンポイントで獲れれば、その畑の被害はいったんは収まるので、農家さんからも声を掛けてもらえるようになりました」
目指すは「命の循環」
現在、佐田さんは、師匠である岡本さんとともに、獲れたイノシシやシカをさばいて地元のレストランに卸し、さらに残った部分をペット用フードに加工する新規事業を立ち上げようとしている。
「理想としては、レストランに卸すだけではなく、普通にスーパーにイノシシの肉が並ぶようになったらいいなと思います。もちろん安定供給できないと難しいでしょうけど。イノシシのお肉って本当においしいので」
加えて、わな猟師としてイノシシを“獲る”だけではなく、その命を利活用していきたいと語る。
「私が頑張って捕獲数を増やせば農作物被害も減るし、獲ったイノシシを地元で消費すれば、命の循環ができます。せっかくこんなに豊かな山があって、イノシシやシカがたくさんいるのですから」