大好きなお寺の数々が存続の危機にある。そんな社会課題を知った神奈川県川崎市の中学1年生、今井結菜さんは、起業プランをまとめ、2022年11月に開かれた「かながわアントレプレナーシップチャレンジ」で知事賞を獲得した。学校では「起業ゼミ」に所属して、実践的にビジネスを学ぶ。事業化に向けて情報発信や資金獲得に動き出している今井さんを取材した。
きっかけは新聞記事
「大変、私の居場所がなくなっちゃう」。今井さんは、ある新聞記事を読んで慌てた。記事では、お寺や神社の檀家や氏子が減少しているため、多くが存続に苦心していると伝えていた。
お寺が好きな今井さんが「私も何かできないかな」と話すと、父の雄也さんは「起業したら?」。親子の会話から、事業プラン「SORYO(僧侶)事務所」の検討が始まった。
2か月かけて練り上げたプランは、「お寺・神社で勉強や仕事ができる場所貸し事業」だ。月々定額の使用料を払ってもらい、エリア内にあるお寺や神社を勉強や仕事で使ってもらう。まず、観光客が多い鎌倉市で展開し、他のエリアに広げることを目論む。
お寺は家みたいな場所
もともと歴史が好きな今井さんは、小学4年生の頃から、お寺をめぐるようになった。
「お寺はとても落ち着く、私にとって家みたいな場所です」
まるで時間が止まっているように感じ、疲れていても「もう少し頑張ってみようかな」と思えるそうだ。家族旅行の際は、お寺や神社など歴史スポットに足を運ぶことを楽しみにしている。
現在は東京都内の私立ドルトン東京学園中等部に通っている今井さん。好きなことがとことんできると考えて受験した。いまは充実した学校生活を送っているが、受験勉強の頃は「病んでいた」と話す。そんなときも、心を癒してくれていたのは、気分転換に行ったお寺だったという。
「起業ゼミ」の学びが生きた
学校選びのポイントは、本格的なビジネス用語が飛び交う「起業ゼミ」だった。今井さんは、その「起業ゼミ」で学んだことをもとにプランをまとめた。
プレゼン内容は17枚のスライドに詰め込んだ。そのうちの1枚は、市場規模を把握する「TAM、SAM、SOM」について。コロナ禍でリモートワークが増加している社会環境が、お寺で仕事をする潜在顧客を生み出しているという仮説を盛り込んだ。若年層にお寺の魅力を届けるため、情報発信にはSNSの中からTikTokを選択。その広告収入もシミュレーションした。
「起業ゼミ」で体験した街頭インタビューの結果も紹介している。「声をかけると冷たい目で見られたりしましたが、勉強になりました」と今井さん。インタビューの目的は、「本当にその事業が必要とされているのか」を確認すること。学校の保護者にもアンケートしたところ、46%が今井さんの事業に興味を示した。
夜遅くまで、スライド内容を見直したり修正したり。応募直前の気持ちは「早く寝たい」だったという。
「かながわアントレプレナーシップチャレンジ」は、若い世代の起業家を育成する目的で、神奈川県が初めて実施。大学生を中心に92人(39チーム)の応募があり、中学生は今井さんだけだった。
今井さんのプレゼンは、淡々とスライドを説明するスタイル。感情たっぷりにメッセージを伝える定番のやり方とは異なる。しかし、審査員は「説得力があって、言葉の奥底から熱意を感じた」と評価した。全員一致で知事賞に選ばれた。
事業化に向け前進中!
事業化に向けた最初のステップとして、今井さんはSNSでお寺の魅力を発信。大人に向けて講演する機会も訪れ、資金調達を視野に動いている。
「努力して、努力して、努力して。それでも結果に結びつかないことの方が多くて」「努力が何なのか分からなくなって」「もう十分、あなたは頑張ったんだよ。少しぐらい休んでもいいじゃん!」
今井さんが、仏像の写真と共にSNSで発信しているオリジナルの詩だ。BGMは受験勉強していた頃に聞いていた、幾田りらさんの「Answer」を選んだ。
事業プランには、受験勉強のために病んでいた「過去の自分」を癒してあげたい思いを込めている。
「受験生には『あなたはすごいんだよ。絶対に大丈夫だから』と伝えたい」
いま気になっていることは、学業と事業化の両立だ。今井さんは、「SORYO事務所」を一緒に進めてくれる仲間を探している。