卒業後、海外の大学へと進学する高校生たち。正式な統計はないのだが、一説にはその数は年間2,000名を超えるという。しかし、帰国子女や都市部の特定の学校の卒業生に偏っているのが現状だ。もっと多くの高校生に「海外進学」という選択肢を知ってほしい。そんな思いで情報発信を続けるのが、向井彩野さんだ。自身も、国内の高校を卒業後、アメリカのハーバード大学へ進学した。
向井さんが海外の大学を意識したのは、中学2年生の頃。全国から選ばれた中学生が、ノーベル賞受賞者などから7日間みっちり学ぶというプログラムに参加した時だった。最終日に、主催者が閉会の言葉を言い終えて、部屋を出る直前。いきなり振り返って中学生たちに叫んだ。
東大はだめだ、世界に行け!
「中学2年生ながら生意気にも、成績が良かった私は『東大に行くことになるんだろうな』と思っていました。この発言の善し悪しは別として、これまで私は世界地図を至近距離で見ていたことに気付かされました。そこで海外の大学について調べるようになりました。
実は、日本の受験システムに違和感があったんです。自分の一部の側面だけしか評価されないと感じていました。勉強を頑張る自分、クラスでリーダーシップを発揮する自分、学外でいろいろと活動をする自分。その全てが自分の魅力だと思っていました。だから、アメリカは自分の多様な側面を評価してくれるのがいいなと思いました」
そしてハーバード大学に進学後、サバンナの生態系を専門に学んだ向井さん。フィールドワークでは、タンザニアや南アフリカまで足を運んだ。それと同時並行して取り組んだのが、海外進学についての情報発信だった。最初はInstagramからはじめたという。大学1年生の後期のことだった。
「海外進学の説明会に出る機会が何度かありました。そこで出会う高校生たちの進学理由が、意識が高くて驚いたんです。レベルの高い仲間と切磋琢磨したいといった感じです。そんな理由で海外大学を目指すことも、もちろんいいと思います。でも、私自身そうでしたが、楽しそうだから留学するっていう理由でもいいんじゃないかと思いました。そして、とにかく楽しいハーバードでの生活を伝えたいと思って、私の日常を投稿し始めたんです」
その後、YouTubeやTwitterなどでも発信するようになった向井さん。昨年秋から新たな取り組みをしている。アメリカとイギリスの大学を自らの足で訪ねて取材し、発信するプロジェクトだ。
「私に海外進学の相談をする高校生は、ハーバード大生相手だから仕方がないですが、一握りの有名大学のみ目指す人が多いです。しかし、果たしてその大学が合っているのでしょうか。日本では有名でなくても、実は魅力的な大学はたくさんあります。また、どんなに海外進学を希望する日本の高校生が増えても、有名大学の日本人枠は増えません。さらに、日本で有名な大学は、エリート校です。学費もかなり高くなります。このままでは実際に留学できる人は増えないのです。
優秀で経済的に恵まれている高校生だけでなく、いろいろな思いや背景を持った高校生が進学できるようにしたいのです。そこで、情報の少ない隠れた名門大学を取材し、発信することにしました」
37大学を53日でまわるという驚異的なスケジュール。留学仲間の家に泊まって宿泊費を削るなど工夫して節約し、23回の飛行機移動など自分を極限まで追い込んで発信を行った。歩いた距離も350キロ。寄付を集めて行ったが、円安の影響もあり赤字だという。
そんな身体を張った取材を通して、向井さんが魅力的だと感じたアメリカの大学を3つ、紹介してくれた。
(1)ミドルベリー大学
バーモンド州にある大自然に囲まれた美しいキャンパス。冬学期は、授業が毎日1コマだけなので、生徒たちは放課後毎日スキーに行くという。卒業式は、生徒1人1人がゲレンデをスキーで滑り降りる。また、言語プログラムが充実しており、夏休み期間は受講するために世界中から不便な超が付く田舎に集まってくる。世界とつながる田舎の大学。
(2)ジョージア工科大学
日本で有名なMITなどの工科大学は私立で学費が高額だが、ここは州立大学のため、多様な背景を持つ学生が集まる。近年、科学はコンピューターサイエンスの時代だが、ものづくりに命をかけている点が特長。「Maker Space」という工作室は、通常1大学1つだが、ここでは学部ごとにあり、常に何かを作る学生たちの熱気で溢れている。ラジコン飛行機の大会は全米で無双状態。
(3)ウースター大学
オハイオ州にあるリベラルアーツカレッジ。学生のやりたいを全力で応援する校風で、映像制作を学ぶ日本人学生が大学公式Instagramを運用するほど。学生になんでもやらしてくれる大学。田舎にあるリベラルアーツカレッジ。必須の卒業プロジェクトが名物。この分野における全米の大学ランキングが名門プリンストン大学についで2位。
向井さんの旅はこれからも続く。前回行けなかったアメリカ西海岸の隠れた名門大学を探しに、2月に再度渡米予定だ。現在はまさにその資金を集めるクラウドファンディングを行なっている。そして、4月に社会人になってからも、YouTubeは続けていく予定だ。
「まだまだ撮影できていない動画のアイデアがたくさんあるので!」
向井さんの発信は、これからもたくさんの高校生の選択を後押しするだろう。