「いつも疑問に思っていたことがありました。それは、公演終了後に発生するたくさんのゴミのことです」
そう語るのは、舞台美術家として活動している大島広子(おおしまひろこ)さん。20年近く舞台芸術に携わってきた。今、演劇業界のSDGsに少しずつ注目が集まってきている。今回は大島さんに、演劇業界の環境配慮を目指したガイドライン「シアター・グリーン・ブック」のことや、少しずつ始まっている日本での具体的な取り組みについて話を聞いた。
「毎回、多くの大道具・小道具などを捨ててきました。その膨大な量を、どうにかできないか?と。それは私だけではなく、舞台人の多くが感じてきたことでもあります」
大島さんは「どうにかしたい」と思いつつも、目の前の仕事をこなすことに精一杯で、これまでこの問題に取り組めないでいた。それは他の仕事仲間も一緒だった。
シアター・グリーン・ブックとは?
シアター・グリーン・ブックとは、2021年にイギリスで公開された「舞台芸術における持続可能性と環境配慮のためのガイドライン」で、発起人はパディ・ディロン氏。英国の舞台芸術界はそのガイドラインを前提に環境対策を行っている。
「よく間違われるのですが、シアター・グリーン・ブックとは環境問題を一発で解決できるものではありません。あくまでもガイドラインです。答えが書かれているわけではない。例えば“環境負荷の少ない舞台芸術とは何か?を各自で考えてください”ということを記しています」
つまり、シアター・グリーン・ブックとは、自分で考えて、試行錯誤し、実際アクションをするための指針だという。
「実際に環境対策のために行動しているパディさんもそうですが、イギリスの文化行政の人・演劇業界の人もまだ誰も環境に配慮した舞台芸術について、正解を知らないのです。こうした業界全体で取り組むということ自体が初めてなのです」
シアター・グリーン・ブックは「行動のきっかけ」を促すもの。その目的は、「皆で挑戦し、うまくいったこと、うまくいかなかったこと、色々な事例を共有することで共同の知識バンクを形成して行く」ということ。
数多くの試行錯誤を体験し、その結果で「学んだ知識」を皆で利用する。イギリスの舞台芸術業界全体で、そうした積み重ねを行なっている。
イギリスのシアター・グリーン・ブックの実例
イングランド、スコットランドのナショナルシアター(国を代表する劇場)はシアター・グリーン・ブックのガイドラインがすべて適用されているんです、と大島さん。
そして、イギリスのマンチェスター(北部の都市)のHOMEという劇場では、独自の環境マニフェスト(宣言)をしていて、劇場の設計段階から様々な工夫が凝らされているとのことだ。
「劇場で働く人は、そのマニフェストを必ず読む必要があります。もし同意できない場合は劇場を使うこともできませんし、契約もしてもらえません。結構、厳しいです。そういった背景もあり、シアター・グリーン・ブックはイギリス舞台芸術界では徐々に浸透しつつあります」
日本でのシアター・グリーン・ブックの動きは?
現時点で、「日本では舞台作品を創作する過程で環境について考えられているのか?」と大島さんに尋ねた。
「表立った動きはまだありません。大道具会社によっては、自社内での環境対策の議論や試みははじまりつつあります」
そうした中、大島さんは2022年秋に、“作品作りの過程で環境面を配慮して製作した舞台美術”を実際の公演のためにデザインした。そして、シアター・グリーン・ブックをもっと知ってもらおうと業界向けのセミナーを個人的に開催した。
ところが、演劇業界で働いている知人などにこのセミナーの情報を共有しても、反応は鈍かったという。
「『うーん?それならうちもやっているよ!』みたいな。そんな反応でした」
大島さんによると、大道具の再利用は、一部だがこれまでも経済的理由から行われてきたという。でもそこに“自分達が作り使ったものが環境に与える影響を考える視点”はこれまでにはなかったのではないかと話す。
シアター・グリーン・ブック勉強会を開催して
勉強会では、代表のパディ・ディロン氏によるオンラインによる講義が行われた。全てオンラインも可能だったが、あえて、1つの場所に集まるという形式を取ったという。
それは、皆で話し合う機会を作るため。そのために、セミナーの後にグループディスカッションの時間を設けたとのこと。
それは何故か?
シアター・グリーン・ブックが目指すのは、「チームで合意形成を作る」というもの。それは、「チームで団結して、実際のアクションにつなげる」ためである。特に「話し合いの場」を意識した大島さん。
参加者からも、グループディスカッションによってお互いの考えや進めることの難しさを共有できたという感想も寄せられている。
「環境配慮を目指した取り組み」を進めるには
最後に大島さんにどうすれば環境配慮を目指した取り組みが進むかを聞いてみた。
「舞台を観に来てくださるお客様に、舞台芸術がどうやって作られているかにも関心を寄せて頂ければ嬉しいですね。それだけでも私たちにとっては大きな励みになるんです。一方的な努力で進めて行くのではなく。舞台芸術を作っていくプロセスに、互いが興味を持つ。その上で環境配慮を考えて行く。そうした相互作用を起こすことで、日本の文化芸術が、もっと社会に対して貢献できるのではないかと思っています」