瀬戸内海に流入してくる海洋ごみは年間4,500tといわれている。そのうち93%は国内、つまり、私たち自身が出したごみに該当(参考:「ウミゴミラと学ぶ海ごみの教科書」より)する。環境問題が取り上げられるようになって久しく、河川の清掃やビーチクリーン活動も盛んに行われるようになってきた。一方で、我々が普段目にすることがない、海に漂流するごみや、崖下や海底などで放置されているごみはどうだろうか。
この誰も着手したことがない海洋ごみ回収に特化した団体を立ち上げ、香川県小豆島を拠点に活動するNPO法人クリーンオーシャンアンサンブルの代表理事、江川裕基さんに話を聞いた。
埼玉県出身の江川さんが初めて香川県を訪れたのは2020年。当時、海洋ごみ問題を解決したいと考えていた彼は、先進的な取り組みをしている瀬戸内海エリアに着目し、片っ端から漁業組合に電話をかけ、今の協力者である内海漁業協同組合(小豆島)にたどり着いた。現地視察に訪れたその足で小豆島を拠点に活動することを決め、空き家バンクで見つけた家を事務所兼自宅とした。まだ法人としての経歴は浅いものの、2022年9月には、日本電気株式会社(NEC)とNPO法人ETIC.が2002年より実施している社会起業家育成を目的としたプラットフォーム「NEC社会企業塾」の第21期生として海洋ごみ分野の団体としては初となる採択を受けている、業界が注目している人物である。
彼はもともと環境問題に造詣が深いわけではない。その彼が実現しようとするのは、潮流を利用した海洋ごみ回収法の開発である。「難しい挑戦であることは承知している。ただ、いつか誰かやらないといけないと思う。一人で成し遂げられる挑戦ではない。できない部分はできる人に頼る」と語る彼の下に集まるメンバーは、地元の漁師はもちろんのこと、流体力学エンジニアやAIプログラマー、また、大学とも協力体制をとり、調査・研究と開発を進めている。「悪化している海洋ごみ問題に対して、海洋ごみ回収専門の装置が必要だと思っています。でも、それを設計する人も、やろうとする人もいない。それを我々がしようとしている」と話す。
世界を旅して感じた環境問題
江川さんは大学で経済学を学んだ後、東京にあるIT系の会社で営業職に就いていた。学生時代は、ボランティアや留学、インターンを経て、半年ほどバックパッカーとして海外に旅に出た。そうした中で、ごみで汚れている景色とそうでない景色を目にし、前者の社会・経済システムが壊れているような印象を受ける。
帰国後、仕事をしながらネイチャーゲームリーダーの資格を取得した。ネイチャーゲームリーダーとは、公益社団法人 日本シェアリングネイチャー協会が発行・認定するネイチャーゲーム(五感を使って自然を直接体験する野外活動)の指導員資格である。江川さんはこの時を「本格的な環境教育を初めて体験した瞬間だった」と振り返る。また、同時に「本当に自分が世界に貢献できることを、いろんなことをやって見つけないといけないと思っていた」と話す。
そして、彼は仕事を辞め、再び海外に出ることを選択する。JICA海外協力隊の環境教育隊員として西アフリカのブルキナファソに渡ったのである。赴任直後の半年間は現地調査に費やした。その結果、現地の環境問題は、「住民がごみ箱にごみを捨てない」という個人レベルのものではなく、「ごみ処分場がない」という行政レベルの課題であることが明らかになった。つまり、清掃業者に委託したところで、家庭で処理している方法(野焼き)と同じであると住民たちも知っていたために、あちこちにごみが散乱していたのである。江川さんはこの解決方法として、街で共通の処分場として衛生埋め立て処分場の必要性を周りに説明するも、なかなか賛同は得られなかった。
そこで、彼は「ミニチュア版の処分場を作ってプレゼンする」ということを思いつき、つるはしとスコップを手に、穴を掘ることを決意する。時には40度近くにもなる炎天下の中で、彼は仲間とともに3か月、硬い地面を掘り続けた。そうして完成した処分場を関係者に見せたところ、理解を得ることに成功し、本物の処分場を建設する土地を決めるまで話が進んだ。しかしながら、土地の区画整理や登記が適切に行われていない開発途上国ではよくあることだが、建設予定地を違法に使用していた人が自分の土地であると主張したことにより、処分場を作る計画は頓挫してしまう。挑戦を続けたい気持ちはあったが、治安悪化による退避のため悔しい思いを抱えつつ現地を後にした。
帰国後は環境系の会社への就職活動を行うも、軒並み採用には至らなかった。
「協力隊の経験だけでは足りなかった。学歴とか、資格とか、もしくは企業での経験を求められた。(企業と自分の)マッチングが全然合わなかった」