病気の治療や副作用、先天性の疾患などで、頭髪に悩みを抱える人たちのウィッグを作るためのヘアドネーション。近年、手近なチャリティ活動として注目されている。寄付する側に関心が集まりがちなヘアドネーションだが、本来、目を向けるべきは「提供される側であるレシピエントと、ウィッグを使わざるを得ない社会」だと、NPO法人JHD&C(ジャーダック)の代表理事 渡辺貴一さんは言う。
過剰な美談に仕立て上げられる風潮に違和感
ジャーダックは、ヘアドネーションから小児用の医療用ウィッグを作成し、レシピエントに提供している団体だ。ドナーが提供する髪の毛を選別し、海外の工場でウィッグ用として加工。18歳以下の子どもたちに無償で提供している。ウィッグの待機人数は、現在約210名(2022年11月末時点)だ。
渡辺さんは、美容師として独立開業したときにジャーダックの活動を始めた。
「髪の毛を切って捨てることでお金を儲けているので、その髪の毛に何か恩返しをしたいと思っていました。ニューヨークで美容師の修行をしているときに、現地の人々の呼吸をするように行う自然なチャリティ活動が頭に残っていて、一銭にもならなくてもいいから何か始めよう、と思いたったのが12年前のことです」
渡辺さんは、髪の毛を提供してくれる行動や気持ちについて否定するわけではないと前置きをしつつ、ヘアドネーションが過剰な美談に仕立て上げられる風潮に違和感を持っていると話す。
「例えば、提供者が小さなお子さんの場合、お友達のために髪の毛をあげたいという純粋な気持ちは素晴らしいと思います。誰かのために行動する、優しい思いを否定するわけではありません。髪の毛を伸ばして切って提供したら終わりではなく、ヘアドネーションのその後や、ウィッグが必要とされる理由にも関心を寄せて欲しいのです」
ウィッグを使うことで、おしゃれを楽しみ、前向きな気持ちになって救われた、という声も多いという。一方で、ウィッグを着けざるを得ない生きづらさは、表に出にくい。
「ウィッグを着けることで、髪の毛がないという問題は解決したように見えますが、その後の生活が大変です。レシピエントは、真夏の暑い中でも8~9時間、ウィッグをつけています。また、水泳や体育の授業、修学旅行や強風の日はどうするのか。自分がウィッグユーザーであることを隠したいという気持ちも強く、当事者はなかなか声をあげることができません」
ヘアドネーションについて考える際には、こうしたレシピエントの立場を理解する必要があると、渡辺さんは言う。
「髪の毛がないことに対して、社会は寛容じゃありません。仕方なくウィッグを着けている人もいるということを理解して欲しいと思っています。髪の毛を提供してもらい、その髪でウィッグを作り、受け取ったら笑顔になる、という単純な状況ではありません」
ヘアドネーションのドナー側だけに世の中が注目するのではなく、主体はレシピエントだということを、渡辺さんは訴えている。
「自分が決めて自分で行うというヘアドネーションの美しさは十分にわかっているし、本当に素晴らしいと思っています。ですが、SNSなどで過剰に褒められてしまうと、髪の毛があるという特権だけに満たされてしまうかもしれません。髪の毛がある提供側が主役なのではなく、あくまでも主体はレシピエントです。髪の毛を提供することがどういうことなのかを理解し、ウィッグを受け取る側の気持ちに関心を寄せる人が、1人でも増えることを願っています」