全国を旅する親子がTikTok、Instagramを中心に注目を浴びている。その理由は、ずばり年齢。1932年、太平洋戦争が始まる10年前に生まれたキヨコさん(90)と息子のリック スタントンさん(50)が旅に求めるものは「母の友達づくり」だという。
人生最後は笑って過ごそう
2人の旅は2022年9月1日にスタートした。連日、旅で出会った「友達」と交流する様子がSNSにアップされ、親子のはじける笑顔が印象的だ。
どんな人との出会いも楽しむ2人だが、意外にも内向的な性格だったという。どのように全国旅へ踏み出したのだろうか。きっかけを作ったのはリックさんだった。
リックさんは少年時代、自分の内向的な性格を変えたいと「やりたいことリスト」を作り、これまで徹底的に実現してきたのだそう。
資金作りにさまざまな事業を経営したり、世界中を旅して計84か国を巡ったりと、その先々で価値観、性格までもを変える「人との出会い」を経験した。しかし、やりたいことを叶え、一回りも二回りも大きく成長して戻ってきたとき、母の長年の苦労や笑顔なく「寂しい」とつぶやく生活を見て辛かったという。
キヨコさんが80代に差し掛かるころ、リックさんはこう提案した。
「人生最後は笑って過ごそうさあ!」
つつましい暮らしが当たり前の価値観
90歳の母、キヨコさんが生まれ育ったのは戦時中だった。贅沢は基本的にできないし、特に女性は少しでも羽目を外すとご近所に後ろ指を刺される、そんな時代だ。結婚後の大阪での暮らしは、夫婦・姑関係のしがらみと家計の厳しさで働きづめの毎日だったという。
「元々ね、社交家ではないんです。私の若いときはお酒を飲みに行くのはもちろん、コーヒーを飲みにいくのだってダメだった」と、キヨコさんは振り返る。
息子のリックさんは、「僕は遅くに生まれた三男坊で、引っ込み思案な子どもでした。物心つく前から母は忙しくて、学校行事に来てくれた記憶はないです。あまり会話もなく、よい親子関係ではなかった」
今の2人の様子からは信じ難いが、当時の時代背景や考え方から、不自由さが当たり前だったのかもしれない。
人との出会いで変わった価値観、生まれた夢
リックさんはキヨコさんと沖縄へ移住し、10年かけてキヨコさんの固い価値観を少しずつ変えていった。2人の新しい住まいには、リックさんがこれまでの旅で出会った多種多様な友達がひっきりなしに訪れる。中には首にまで刺青のある女性やストリート系の雰囲気を思わせるドレッドヘアの男性も……。
当初「ホームレスの人が家に入ってきた」と、その多様性に違和感を持ったキヨコさんだったが、「人を見た目で判断しないでね」とリックさんに諭され、段々とそんな人たちとの会話を楽しむようになる。
キヨコさんは沖縄での生活で、人との出会いは楽しいものなのだと気づいた。価値観が大きく変わっていったキヨコさんへリックさんはさらに提案する。
「やりたいこと全部叶えようや」
そうして「友達をつくりたい」という母の夢を叶えるため、今回の全国旅に乗り出したのだ。
何歳からでも友達はつくれる
取材した日は、ちょうど全国の半分を回り終えたころで、キヨコさんに旅の感想を聞いてみた。
「今までできなかったことを叶えられて本当に嬉しい。居酒屋に連れて行ってもらい、居合わせた人とお酒を飲むとパーッと明るい気分になるのよ。色んな世代の知らない人と対等に話せるのが最高なんです。昔は特定の人としか付き合わなかったけど、今はむしろ変わった人と出会うのがとても楽しみ。ほんと今まで損してた」と、旅するようになって生活が180度変化した喜びを笑顔で語った。
旅を終えてから期待することについても伺うと、「友達と再会すること、旅を思い出して楽しくゆっくり沖縄で暮らすこと」と答えた。キヨコさんは旅の中で出会った人たちに必ず「沖縄の家に遊びに来てね」と言って別れるそうだ。
一般的に90歳という年齢は、家族や同世代の友達が先立っていき、失っていくことのほうが多いのかもしれない。しかし、90歳でも再会を約束できる友達をつくれること、再会を期待して人生を彩り続けられることを親子二人三脚の旅から教わった。
そして、2022年10月28日。約2か月にわたる全国旅は長年暮らした思い出の地、大阪で幕を閉じた。
しかし、2人の人生の旅はまだまだ続く。「挑戦することに年齢は関係ない」と前を向く親子は、沖縄の大自然の中で「友達との思い出」を肴に祝杯を挙げているに違いない。