職人の世界を一度離れ、30年の月日を経て復帰した、江戸型彫職人の高井章夫さん。今年72歳になった彼は、職人たちが代々受け継いできた型彫の技を未来へ伝えるべく、様々な方面から活動を続けている。
技を受け継ぐ者として今、できること
彫り深く刻まれた皺、人懐っこい笑顔、テンポの良い語らいが小気味良い、チャキチャキの職人気質の高井さんは、三重県鈴鹿市白子の生まれ。父も兄も型彫職人という、生粋の職人一家で生まれ育った。
江戸時代、今の三重県界隈は伊勢と呼ばれ、紀州藩が統治していた地域。藩主は「伊勢型紙」と呼ばれる染色用の型紙を、貴重な資金源として大切に保護していた。型彫職人は、この伊勢型紙制作の工程に関わる職人。柿渋の糊で張り合わせた特別な和紙に、熟練の技を駆使して、繊細で端正な模様を彫り上げていった。他藩への技術の流出を防ぐため、当時、型彫職人になれたのは、白子、寺家界隈に生まれた、ごく限られた人々だけだったという。
最盛期である昭和40年頃には、1000人を超える型彫職人たちが凌ぎを削っていたが、2022年の現在では、たった17名しか残っていない。平均年齢は78歳。職人の高齢化と後継者不足により、型彫職人の未来には暗雲が立ち込めていた。
高井さんも、22歳から35歳までの14年間、家業を継いで、型彫職人の仕事に携わっていたが、仕事がなくなり、生計をたてるためにやむなく職人の世界を離れることになった。
そして8年ほど前、久しぶりに三重県の実家を訪れ、職人たちが激減している現状に驚き、危機感を感じたという。
このままでは、素晴らしい職人技が次の世代に引き継がれなくなってしまう…
東京の自宅に戻り、自分にできることはないかと自問自答し続けた高井さんは、30年ぶりに小刀を握る決意をする。
「職人はすごいですよね。身体が覚えていて、ちゃんと彫れるんですよね」
他の仕事と掛け持ちをしながら、4年かけて70作品の江戸型彫の型紙を彫りあげた高井さん。この素晴らしい技術を、一人でも多くの人に知って欲しい、職人を増やす動きにつなげたいと、東京の青梅にある櫛かんざし美術館で、2018年4月〜6月の3か月間、個展を開催した。
美術館では、展示以外に実演も交えながら、1500名の来場者らと交流し、体験教室の生徒を募集。今年で4年目を迎える型彫の体験教室は、青梅の工房を飛び出し、東京、北海道、京都など、日本各地からの依頼に基づき、全国へと広がりつつある。
職人の技伝えるドキュメンタリー映画
江戸型彫の伝統文化を守るため、そしてその技術を未来へと繋げるために動き出した高井さんに、運命の出会いが訪れる。刀鍛治職人、根津啓さんの妻である、根津美紀さんが高井さんの体験教室を訪れ、意気投合した。これが「日ノ本プロジェクト」への大きな一歩となった。
プロジェクトには、高井さんや根津さんを始め、日本の素晴らしい伝統文化、職人の技術を広く伝えようと、志高く活動をする6人の職人たちが集まった。テーマは「調和」。職人たちの生き方を通じて、美しく奥深い日本の「調和」を発信しようと、6人の職人たちのドキュメンタリー映画の制作を企画している。
資金はクラウドファンディングで募り、目標金額を超える約160万円が集まった。映画は、2023年の夏に公開予定だ。
日本の素晴らしい伝統文化を継承する職人技を、国内だけではなく、海外の人々にも知ってもらいたいという思いから、海外への展開も見据えた活動も視野に入れている。
「このプロジェクトの本当の目的は、映画を作ることではないんです。僕が狙っているのは、子どもたち、若い子たちに職人たちの世界を知ってもらうこと。この映画が完成したら、全国の映画館でこの映画を上映し、彼らに映画を見てもらいたいんです。『職人ってかっこいい!』と思ってくれたら、『職人』という職業を選択肢の一つとして普通に選ぶ世界がやってくる。そのためには、本物の職人技を、子どもたちに見せることが大切だと思っています」
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さらに高井さんは、こう続ける。
「それともう一つ、この映画は、今、日本にいる職人のみなさんにも見て欲しい。僕たち6人だけががんばっても、何も変わらない。こうして声を上げて、発信している職人の姿を見て元気になって欲しい。日本の職人技は世界に通用する素晴らしい技術。日本人が大切にしてきた侘び、寂び、粋の精神を、世界へ、未来へと、繋げていきたいんです」
高井さんと5人の職人たちの挑戦は、ここからが本番だ。