点描画家として精力的に制作活動を続けている三宅律子(みやけりつこ)さん。今年、残暑が残る9月に新たな挑戦をした。ハッと息を飲むような美しい絵の御朱印帳。それだけではなく、絵には表面に凸凹があり、手触りが面白い。
「一般的に絵は見て楽しむものという固定観念がありますが、触って楽しむものがあっていいのでは? と前から思っていました」
三宅さんによると、絵は従来、「見て楽しむもの」であり、視覚障害者にとってはそれが難しいこともある。しかし、「触って楽しむもの」でもあれば、触ることでも感じることができる。晴眼者にとっても、見ても楽しく、触っても楽しいというプラスの相乗効果が生まれるという。
この発想にたどり着いた理由を三宅さんに聞いた。
今この時代にあるからこそ
「今、アート活動を開始してから20年弱くらいなんです。最初はアートは自分に向き合うことが大切で、自分の感性から作品を通して体現することが多かった。けれど、ここ数年で考え方が変わってきました。このままだと、自分がちゃんと時代に触れていないのではないかと思ったんです」
アーティストとして、「いつの時代にあっても良い作品」じゃなくて「今、この時代にあるからこそ伝わる作品」に魅力を感じた三宅さん。そんな時、スクリーン印刷や点字印刷などの特殊印刷を得意とする株式会社新興グランド社と出会い、アイディアなどを話し合った末、触って鑑賞を楽しむという発想が生まれたという。
世界観は幼少期の恐怖体験から
三宅さんの作品から、鬼気迫るような恐怖と神秘を感じる。なぜなのか?
三宅さんの世界観は、幼少期の体験がもとになっているという。
「アスファルトの補修あとが蛇や虫に見えた時期がありました。それが残像のように脳裏にこびりついて、いつしか何もない所でも錯覚を見るようになり、その時はトラウマになるほど恐怖を感じました。また、19歳の時に大病を患い、その治療中に免疫が下がって、一時的に五感のいくつかが欠けてしまいました。最初に味覚がなくなり、次に視力が下がり、目の前が真っ白になった体験もしました」
身の毛もよだつような体験だ。それらを作品に還元するバイタリティにはたくましさを感じる。
「一時的に治療で視力が下がった体験から、目で見えるものだけで世界観を伝える手法に頼るのは難しいかも…と感じました。なので『絵』という『見る』表現ではありますが、『見る』以外の何かで伝えたいと思うようになりました。今回の触感アートは実験的ではありますが、実現できて嬉しかったです」
「快・不快」を表裏一体と捉える
「目が見えない人は、その出発点からどうやって楽しむことができるのか…興味深いテーマでした。誤解を恐れずに言うと、できる・できない二項対立の中で、ネガティブにあたるものに興味が元々、強かったんですね。例えば、自分にも欠点や苦手なことがあるから却って興味を惹かれたことがありました」
三宅さんは、自身のネガティブな感情などを突き詰めるなかで、ポジティブな感情が起きたと話してくれた。二項対立している感情の現象が、アートを通して、表裏一体だと気付いたという。これは三宅さん自身にとっても大きな発見だったという。
「例えば、『心の琴線に触れること』と『心の逆鱗に触れること』は根源的には表裏一体であり、“心を揺さぶる”という意味では同じことだと思っています」
三宅さんによると、快・不快は、感じたことの結果。もとをただせばプラスでもマイナスでも「感じた」ことに変わりはない。
「これまでの作品は自分のトラウマ体験など不快感をもとにアートに昇華しました。“描く”という手段から快感に転換できました。その体験からトラウマ、不快感、恐怖といったネガティブなものを反転してポジティブに昇華させることができるのではと思っています。それは、傷付いた心の自己治癒であったり、他者へのケア行為にも繋がるのではないかと。その時に感じた自分の残像と錯覚をもとに、とことん分解しました。それが今の点描の作風につながっています」
アートを通じて社会課題と向き合う
「今取り巻く世の中のこと、つまり森羅万象は普遍の真理になりますが、やはり、今世界中では戦争や環境問題など多くの社会課題が生まれていますね。障害者に対する考えも、古いままではダメだと思っています。アートも常に時代の中で、アップデートしないといけないと思います」
今回の触感アートの実現は、「見る」ではなく、「触る」という新たな価値への挑戦になった。
今後も教育や福祉などの分野で社会課題解決にも挑みたいという、三宅さんの活躍に期待が募る。