滋賀県近江八幡市にある「みいちゃんのお菓子工房」でパティシエとして働く、杉之原みずきさん(15)。みんなから「みいちゃん」と呼ばれる彼女は、場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)と呼ばれる疾患と闘っている。
家から一歩外に出ると自分の意志で身体が動かせず、声を発することも難しい。そんなみいちゃんがワクワクできる瞬間がスイーツ作りだった。娘の生きる道を見つけたい。オーナー兼マネージャーとして支える母親の杉之原千里さんに話を聞いた。
ケーキ作りで見つけた自分の居場所
みいちゃんが場面緘黙症と診断されたのは、6歳の時だった。
「初めて聞いた時はショックというより、原因が分かり有難いという思いが強かったです。ですが、娘はこの先どんな道を歩めばいいのだろうと悩みましたね」(千里さん)
場面緘黙症は環境の変化で発症することが多いという。みいちゃんは小学校入学をきっかけに、身体を動かすことができない「かんどう」の症状が出始めた。
「学校では声も出ず、常に身体が動かないので給食を食べられませんでしたが、双子の兄や介助の先生の支援もあり、学校は楽しく行っていました。けれど小学校4年生のころ、みずきは学校ではなく家にいる選択をしました。自分らしくいられる方法だったんだと思います」(千里さん)
共働きだった千里さんは、連絡手段として新しいスマホを買い与え、少しでも外の世界との接点を持ってもらおうと、料理やお菓子のレシピが見られるアプリを入れた。これが大きな転機となる。
それからみいちゃんは、無我夢中でお菓子を作り始めたのだ。手段を見つけたみいちゃんは、あっという間に腕を上げていったという。
「みずきの頭の中には自分が作りたいスイーツのデザインがあります。持ち前の集中力も相まって半年ほどで驚くほど成長しましたね。そんな姿に、彼女の生きる道はスイーツ作りなんじゃないかと思い始めたんです」(千里さん)
小学生でケーキ屋さんの店長に
「パティシエになって自分のケーキ屋さんを持ちたい」
みいちゃんがそんな夢を話し始めるまで時間はかからなかった。
「心の病気にはこれという治療法がありません。ですが、スイーツ作りを始めてからワクワクする気持ちが心の不安を打ち消してくれる瞬間を見てきました。みずきが楽しめる居場所を与えてあげることが治療になるのではと思ったんです」(千里さん)
以前からみいちゃんの選択肢の一つになればと通っていた起業塾がきっかけで県所有の空きレストランを借り、2019年4月に月1回のスイーツカフェをオープンした。12歳が作るプロ並みのスイーツは口コミで拡がり、行列ができる人気カフェになったという。
「ケーキ屋さんになりたいと言われたときは私自身、すぐにお店を作ってあげようなんて思いませんでした。ですが、家の外では体が動かせないみずきが、カフェの工房の中では体を動かせたんです。まだまだ小さなパティシエですが、スイーツ作りに対する頑張りと誰かに喜んでもらいたいという気持ちは本物でした」(千里さん)
ここまできたら、年齢を理由に店を諦める選択肢はなかった。開店資金はこれからの学費だと思えばいい。千里さんは仕事をしながら製菓学校に通い、2020年1月に「みいちゃんのお菓子工房」をプレオープンした。現在もみいちゃんは店長として月2回のペースでケーキや焼き菓子を販売している。
2023年春にグランドオープン
みいちゃんの魅力が存分に発揮されるケーキがホールケーキだ。枠にとらわれないオンリーワンのホールケーキは完全予約制で販売している。
「あの子の特性上同じものを作り続けることは難しいので、ホールケーキはある程度の要望を聞いた上でおまかせという形をとっています。みずきには私にも見せてくれないデザインノートがあるんです。大きなホールケーキは自分の思い描いたデザインを自由に表現しています」(千里さん)
みいちゃんがケーキを作る傍ら、千里さんは副業としてお菓子工房のサポートを行っている。
「私のティータイムは深夜なんです。自分の仕事や残業が終わったあとに、みいちゃんの試作品を食べながら工房の仕事に取り掛かります。毎日2時ごろに寝る日々ですが、娘の事だからできているんだと思います。障害の有無に関わらずチャンスを作ってあげれば、子どもでも輝ける場所はたくさんある。特に小学生の頃って自分の夢が初めてできるような年代で、すごく価値がある時期だと思うんです。今後は、みずきが社会で自分らしく生きられるよう見守っていきたいです」
みいちゃんは来年の3月に養護学校を卒業し、4月には「みいちゃんのお菓子工房」をグランドオープンする予定。しかし、基本的な営業スタイルは変えず、みいちゃんのペースを見ながら続けていくという。