オリィ研究所が運営する、東京・日本橋の「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」は、様々な事情で外出が困難な人たちが「分身ロボット」を遠隔操作することによって、これまでにない就労の形を実現した店。そこで勤務するカーリーさんは、障害の有無に関わらず働ける場に出会えたことで、日常や見える世界が大きく変化した。
「後縦靱帯骨化症」を発症後、車椅子ユーザーに
2017年、カーリーさんは首を上に反らせた際、急激なめまいに襲われた。右腕には、強い痺れが発生。歩行困難となったため、救急車で病院へ行くと、背骨の中を縦に通っている、後縦靱帯と呼ばれる靱帯が骨になる病気「後縦靱帯骨化症」であると診断された。
「初めて聞く病名だったので、あまりピンとこず、手術すれば治るのかな、どのくらいで歩けるようになるのかなと思っていました。ただ、進行性の難病と聞き、将来のことがとても不安になりました」
その後、脊髄への圧迫を取り除くため、頚椎の手術を受け、リハビリ生活を送ることに。だが、転倒し、首と背中の脊髄にダメージを与えてしまったことから、四肢麻痺の車いすユーザーとなった。
「リハビリの先生から、『そろそろ身体に合わせた車椅子を作りましょう』と言われ、退院後も歩けないのかと混乱しました。突き付けられた現実を受け入れたくない気持ちが強かったです」
全国チェーンのカー用品店で車両の整備や車検のフロント・店舗責任者を務めていたカーリーさん。しかし、職場がバリアフリーな環境ではなく、体調不良による再入院などもあったため、退職を余儀なくされたそう。
それでも、カーリーさんは社会復帰を諦めず、ハローワークを通じて、担当者と相談しながら障害者雇用を主とした就職活動を行ったが、日々のリハビリと就労を両立できる仕事に巡り合うことは難しかった。
「脊髄損傷に伴う内部障害もあり、体調などによってイレギュラーなことが起こる可能性もあったので、企業とは面談も行いましたが、物理的なところはバリアフリーになっていても、理解してもらうことが難しく感じることがありました」
分身ロボットを通して広がった世界
そんな時、車椅子ユーザー仲間に誘われ、期間限定で行われていた分身ロボットカフェの実験店へ。そこで、自分よりも重い障害がある人たちが、分身ロボット「OriHime」を通じて楽しそうに社会参加している様子に心打たれ、「一緒にカフェで働きたい」と思うようになった。
その後、晴れてパイロットの一員になったカーリーさんは、店で卓上接客・配膳・受付など、様々な業務を担当している。
店では4人掛けテーブルに、接客を担当する「OriHime」本体とパイロットの自己紹介とメニューが見られるiPadが設置してあり、遠隔操作しているパイロットは客と会話を楽しむことが可能。
「AIのロボットではないので、パイロットの個性を感じ取ってもらえることが嬉しい。多くのお客様に『OriHimeではなくカーリーさんが、ここにいるように感じる』と言ってもらえています」
体調にもよるが、現在、カーリーさんは週4日ほど出勤。「OriHime」を通して来店客とコミュニケーションを取り、やりがいを感じながら働いている。
「お客様との共通の話題を発見できたり、僕自身に興味を持って頂けたりして嬉しい。OriHime越しではありますが、周囲がひとりの人間として認識してくれるので、社会参加していると強く実感でき、感動しました。OriHimeは、まさに僕の分身です」
様々な人と話せ、関わることができるようになったことで、日常も変化。気持ちが明るくなり、積極的に日々を楽しめるようになった。
また、完全在宅ワークでありながら、接客という適度な緊張感がある業務に携われるため、オンとオフの切り替えが上手くできるようになったという。
そんなカーリーさんは、行きたい場所へ積極的に足を運び、やりたいことを満喫するなど、アクティブで等身大な日常を、SNSやYouTubeなどで発信。様々な人に、本当の意味でのバリアフリーを考えるきっかけをつくろうとしている。
障害の有無に関係なく、様々な事情で外出が困難な状況であっても社会参加できる就労の形に大きな可能性を感じているカーリーさん。これからも様々なことにチャレンジしたいと意欲を燃やす。
「ある日、突然、車椅子生活となったので、この先の人生も何が起こるか分からないと思っています。身体が動かせるうちに色々な体験をして、自分の可能性を広げていきたい」
そう思う裏には、いつもそばに寄り添ってくれる妻への感謝もある。
「そうした暮らしを送ることで、そばで支えてくれる妻への恩返しもできると思っています。夫婦揃って海が大好きなので、将来的には沖縄に移住し、海を眺めながらの生活を送りたいです」