毎年11月に行われるメキシコの「死者の日の祭り」をご存じだろうか。美しく賑やかに飾られる墓や祭壇、ガイコツをモチーフにした様々なアート作品、街を彩るマリーゴールドの花。どこを切り取っても個性的なこの祭りは、世界中に多くのファンを持つ秋のビッグイベントだ。
なかでも最も注目を集めるのが、祭り直前の週末にメキシコシティの目抜き通りで行われる「仮装パレード」だ。過去200万人もの観衆を集め、今年も10月最後の日曜に行われる。そのパレードの、知られざる裏側を取材した。
パレードを支える人たち
メキシコシティ国際空港から南におよそ9km。イスタパラパと呼ばれるこの地区に、「エル・ボラドール」の工房はある。パコ・エンリケさんが代表を務めるこの会社は、毎年政府から依頼を受け、パレードの美術製作を担当している。
なかへと足を踏み入れると、そこにはまるでおもちゃ箱のような空間が広がっていた。とりわけ目を引くのが、祭りの最も象徴的なモチーフ、カラベラ(スペイン語で「頭蓋骨」)だ。
「カラベラはパレードの主役ともいえる大切な存在。チーム内でアイデアを出し合い、斬新でありながらメキシコの歴史や文化を誇りに感じられるデザインに仕上げています」
グラスファイバーで作られたカラベラには、祭り中に食される特別なパン(パン・デ・ムエルト)や祭壇に飾られるマリーゴールドのほか、メキシコ各地の歴史や文化が個性的な表現で描かれている。
取材に訪れた日、工房内では、カラベラをはじめとする様々な小道具の制作真っ最中だった。作業は祭りの約5か月前に始まり、夏を過ぎるといよいよ大詰めを迎え、仮装した人々を乗せる”山車”の制作に取り掛かるという。
「パレードには毎年テーマがあります。今年は『命を讃える』。新型コロナで多くの人々が亡くなったことを踏まえて政府が決めたこのテーマを、わたしたちが表現していきます」
いまや「死者の日の祭り」を語る上で欠かせないパレード。しかし、このパレードが最初に行われたのは今からたったの6年前、2016年のことだった。
一本の映画の「嘘」が生んだパレード
死者の日の祭りは、約500年前のアステカ文明にルーツを持ち、その後スペイン人により持ち込まれたキリスト教文化と混じり合うことで、現在の様式になったといわれている。
その祭りが21世紀に入ってから大きく進化を遂げたのは、2015年に公開された一本の映画がきっかけだった。パコさんは当時をこう振り返る。
「映画『007 スペクター』からすべてがはじまりました。作品の舞台は死者の日のメキシコシティでしたが、そのなかにひとつ、現実の祭りには存在しない ”嘘”があったんです。その”嘘”こそがパレードでした」
大ヒットハリウッド映画『007』シリーズの第24作、『007 スペクター』(原題:Spectre)。その序盤、主人公ジェームズ・ボンドは仮装パレードに紛れ込む。巨大なガイコツ人形と死者に仮装した群衆が不気味に練り歩く様に観客は釘付けとなったが、このパレードは現実には存在しなかったのだ。
映画が公開されると、メキシコ政府のもとには世界中から問い合わせが殺到した。「いつ、どこに行けばあのパレードを見られるのか」。そう尋ねてきた人々は、パレードが実在しないと知ると落胆した。そんな人々の反応を見かね、メキシコ政府が相談を持ち掛けたのが「エル・ボラドール」だったという。
「映画のようなパレードができないか、と聞かれて答えたんです。『もっとすごいものを作りましょう』ってね」。パコさんのこの言葉通り、2016年にメキシコシティのレフォルマ通りで初めて行われたパレードは、映画を遥かに越える迫力で16万人の観客を熱狂させた。
映画のフィクションをきっかけに始まったパレードは、2017年に100万人、2018年には200万人を集める世界的イベントへと成長していった。
伝統の良さ知るきっかけに
ところが記念すべき5回目の開催となるはずだった2020年、新型コロナによってパレードは中止となる。そのほかのイベントも軒並み中止となり、エル・ボラドールは創業以来の危機に追い込まれた。
当時の心情をパコさんはこう振り返る。
「誰もが突然訪れた空白を前に戸惑っていました。でも、しばらくして気づいたんです。こういう時こそ、人々に希望を与えられるものを作らなくては、と」
再び顔を上げたパコさんらは、死者の日のモチーフをデザインしたマスクをウェブで販売した。つけると笑顔のカラベラのように見えるこのマスクは、大ヒット商品となり、沈んでいた街の人々の心にも明かりを灯した。
昨年、2年ぶりに行われたパレードは、待ち望んでいたメキシコの人々を熱狂させた。
「メキシコ人にとって、死者は愛すべき存在です。死者に仮装し、彼らに思いを馳せながら愉快で楽しい時間を過ごす。わたしたちが作るパレードが、そんな『死者の日の祭り』の伝統をより広く知ってもらうきっかけになるのなら、とても誇らしく思います」
いま秋めく街を歩けば、そこかしこに近づく祭りの気配が感じられる。太陽のもと輝くマリーゴールドのオレンジ色を眺めていると、もうすぐやって来る”その日”が待ち遠しくて堪らなくなった。