那覇空港から車で1時間ほどにある、沖縄県中部・うるま市浜比嘉島地区の旧浜中学校跡。10年前に閉校となったが、2022年7月に「HAMACHU」として蘇った。
HAMACHUの名前は、中学校の愛称だった“ハマチュー”を引き継ぎ、「HAMA Champuru Hub in Uruma」の頭文字を取ってつけられた。
再び息を吹き返したこの場所には、主にワーケーションの利用ができるコリビングスペース(シェアハウスとワークスペースが一体化したもの)、シェアオフィス、沖縄独自の“共同売店”を目指した地域の売店、地元のお母さんたちが食事を作って提供する食堂が入る。島の豊かな暮らしと、様々なスキルやネットワークを持つノマドワーカーがチャンプルーしながら(交わりながら)、生き方を模索し合う場になるようにという意味がHAMACHUに込められているのだ。
運営するのは、株式会社LIFULLが全国に展開するコリビングスペース「LivingAnywhere Commons」(以下、LAC)と「プロモーションうるま」(以下、プロモうるま)だ。
プロモうるまのスタッフである田中啓介さん、西貝瑶子さんはともに本土からの移住者。この地に魅せられ、この地で地元の人々と交流するうちに、浜比嘉島の抱える課題を目の当たりにする。
コミュニケーションスキルがつきにくい島の子供たち
「シングルマザー率とそれに伴う貧困率が沖縄県は高いのですが、うるま市の島嶼(とうしょ)地域(平安座島、宮城島、伊計島、浜比嘉島、津堅島)は県内でもさらにアップします。家庭の貧困率が高いと、何が起こるかというと…。大人も子供も将来の選択肢がグッと狭まってしまい、今後の人生に対して期待が持てにくくなります。自己肯定感も低く、幸福感を得づらいのです」(田中さん)
島嶼地域は児童数の減少によって学校の統廃合が行われ、現在平安座島に小中学校が1つしかない。「各島が離れているので、放課後なかなか同級生と遊べません。家に帰ってゲームをするだけという子が多くて、コミュニケーション能力を高めるのが難しいのです。さらに高校進学のために本島に渡るとなかなかコミュニティに交わることができず、疎外感を味わう子も少なくないのが問題です」(西貝さん)
LACの自由な大人たちと交わることで見えてくる可能性
そこでプロモうるまは、地元の子供達と全国どこでも働くLACのノマドワーカーとの交流を考えた。彼らはプログラマー、マーケッター、デジタルPR、フォトグラファー、ライターなどといった専門職を持つフリーランサーや起業家たち。ややクセが強めの個性的な人が多いが、アクティブに溌剌と生きる人々だ。
「子どもたちからしたら、今まで見たこともないような職種の大人たちが、キラキラとした姿で働いているわけです。そんな人たちと子どもが交流することで、『自分もこんなことをやってみたい! 楽しく働きたい!』と思えば、人生を前向きに捉えることができます」(田中さん)
西貝さんも続ける。「LACのユーザーと交わることで、子どもたちのコミュニケーション能力も高まり、そのうち自分でも起業してみたいと思うようになったらいいでしょうね。子どもたちが何らかの形で自己実現をするまでの伴走が、私たちの仕事の一つです」
もともと中学校だったのでもう一度学び舎にしたい。それは公の教育ではなくてもいい。自分の人生に何が必要か、自分にどんな可能性があるのか探求の場にしたいと田中さんと西貝さんは口を揃える。
子どもだけでなく大人の可能性を広げるHAMACHU
もちろん子どもたちだけでなく、大人たちの学びの場にもなりうる。
現在シェアオフィスに入居するのは、「はま☆スタ」というオンライン配信スタジオだ。プロモうるまが主催していたローカルベンチャースクールの1期生と、彼に伴走した専門職の2人が運営する。
ここでは、地域の子どもや大人お年寄りまでがみんなが主人公になれるような島のテレビ局を目指す。自分たちが講師になってオンライン配信をしてもいいし、逆に生徒になってもいい。
このように地域の人々の「自分も何かやってみたい、挑戦したい」という気持ちを後押しし、さらには地域の人々とLACのユーザーが融合することで、はま☆スタのような企業が今後生まれるかもしれないと。
「こう生きねばならない」という「○○ねば」から脱却し、自由に可能性を模索できる場所になりそうだ。
シングルマザーのキャリアアップを目指すMOM FoR STAR
2022年9月、「MOM FoR STAR(マムフォースター)」という、沖縄県のシングルマザーの就労プロジェクトを行う団体が、HAMACHUで親子ともに参加できるアートワークショップを行った。
MOM FoR STARとは、国内の2つのデジタルデザイン会社「レキサス」(沖縄)と「フォーデジット」(東京)、支援団体「しんぐるまざあず・ふぉーらむ沖縄」の3社共同で行われているプロジェクトだ。
前述の通り、沖縄県はシングルマザー率と貧困率が高い。それゆえ非正規雇用に甘んじ、就労機会の選択肢が少なく将来のキャリアデザインが描けない女性たちに、ウェブデザインのスキルをゼロから教える。そして技能を身につけてもらった上で仕事を発注するというもの。
2021年に1期生が誕生して以来、沖縄県内の11人のシングルマザーがプログラムに参加。全員がウェブデザインは未経験だが、研修でも東京都と同じ水準の額が支払われるのが画期的だ。
プロジェクトに参加した多くの女性たちは、それまで非正規で飲食業などのサービス業、コールセンターのオペレーター等に従事していた。しかも複数の子供を抱えて、思うように働けなかった人も少なくない。年収も低かったが、ここで手に職をつけてキャリアアップすれば、もっと収入も増える。
サスティナブルな経営を目指すための様々な課題
レキサスの山川伸夫さんは「プロジェクトは短期的な雇用ではなく、数年先から10年先と長い目でキャリア形成を見据えたものです。また、3社ともビジネスとして成立させることで、サスティナブルな取り組みを目指しているのも重要なポイントです」と語る。
現段階では、全員がウェブデザインの制作を学び、仕事としている。しかし、今後は適性、不適性が顕著に出てくるかもしれない。だから、各々の特性を活かしたキャリアパス(たとえば営業、新人の教育、クライアントへの提案をするディレクターなど)も必要になってくる。
また、1年に5〜6人ほどのメンバーがプロジェクトに参加する予定なので、10年後にはかなりの人数になっているだろう。そうなると、今よりもっと多くのクライアントを探していかなければいけない。以上が今後の課題となりそうだ。
母親の笑顔は子どもの笑顔に。シングルマザー家庭の幸せに繋がる
シングルマザーは特に経済的な貧困とリンクすることもあるため、不幸というイメージがついているかもしれない。しかし、今まで支援に携わった約20年で、自分を不幸だと思っている女性を見たことがないというのは、「しんぐるまざあず・ふぉーらむ沖縄」代表の秋吉晴子さん。彼女もまた大学生の子どもを持つシングルマザーであり、プロジェクトに参加する女性たちと定期的に面談してメンタル面のサポートをしている。
「離婚調停や裁判のストレス、一人親になることへの不安から大変な思いをしている女性はたくさんいましたが、お子さんと一緒に歩み出すにつれて皆生き生きとしてきます。今年参加した2期生の中には『いつか自分も起業して、同じような境遇にいる女性を雇用したい』という未来への思いを語る女性がいて、頼もしいなと思っています」
これまでキャリアアップを断念していた女性が、どんどんスキルを身につけ「できなかったことができるようになった!」と笑顔で仕事に向き合うようになる。前向きな母をそばで見ている子ども達も「お母さんは頑張っている!」と笑顔に。“子は親の鏡”とも言うが、お互いの喜びや苦しみは良くも悪くも伝染するのだ。
全国のLACでシングルマザーの親子がワーケーションできるかも!?
MOM FoR STARはワークショップだけでなく、今後もLACとのコラボを画策している。ウェブデザインの仕事はオフィスにいなくてもできるので、HAMACHUだけでなく全国各地の LACの拠点で“親子ワーケーション”をすることもプランニングの1つ。一人親家庭では、なかなか旅に出られないが、ワーケーションで親子ともにリフレッシュできるし、知らない土地での学びや地元の人々との交流がある。
「もともとあった学校が廃校になったことで、周囲の人々は寂しい思いをしていたでしょう。もう一度ここに人々が集い”チャンプルー”することで、笑顔と可能性がいっぱいの場所にしたいです」と前出の田中さん。
HAMACHUでの活動は始まったばかりだが、うるまや沖縄の発展に関わる人々の未来へのビジョンはくっきり。簡単にはいかないかもしれないが、強い思いを持ち続けていれば、希望の形が実現する日はそう遠くないはず。