反対押し切り退職 元刑事が犯罪を減らすため、‟療育”に取り組む理由とは

反対押し切り退職 元刑事が犯罪を減らすため、‟療育”に取り組む理由とは
元刑事で、EcoldのCEO北村 耕太郎さん(右)と、同社COOの中山のぞみさん(左)

「取調室で、刑事として座っていた向こう側に、自分の子どもが座ることになるかもしれないという思いが頭をよぎったんです。必要なのは懲罰ではなく、大人が予防してあげることだと思いました」
そう語るのは、療育施設エコルドを運営する株式会社EcoldのCEO、北村耕太郎さん。元刑事で、これまで多くの犯罪者に向き合ってきた。なぜ刑事を辞め、療育に取り組んでいるのか、話を聞いた。

子どもを通して「二次障害」という言葉を知った

北村さんは、広島県警で強行犯係として殺人事件、強盗事件、性犯罪、誘拐や医療過誤などの事件を担当。大阪府警に転籍後も、捜査一課合同捜査本部や知能犯係として、凶悪犯罪だけではなく企業犯罪や政治犯罪も捜査した。出所してからも罪を犯す再犯者を見るたびに、懲罰刑が機能していないことを実感していた。

「警察という立場で犯罪者を捕まえても、犯罪は減っていかない。懲罰では予防ができないことは明確でした。けれど、いち公務員の立場で、現状を変えることは難しいと感じていました」

そんな葛藤を抱えていた頃、北村さんに第一子が誕生する。後に、その子に障害があることが判明。障害のことを懸命に調べていく中で、「二次障害」という言葉にたどり着く。

二次障害とは、自身の発達特性に対して、適切な支援やサポートが受けられない、環境が合わないなどの影響によって、二次的に生じる心身の症状や行動のことを指す。

「二次障害は、内向きに障害が出てしまうと、うつ病や自傷、外向きに出ると、傷害や殺人などの犯罪につながることを知り、衝撃を受けました」

エコルド
エコルド

脳裏によぎったのは、取調室で出会った多くの少年たち。少年たちがどのような環境下で育ってきたのか、成育歴を追っていくなかで、少年たちには共通点があったと、北村さんは振り返る。

「彼らは、子どもの頃から、友達と仲良くなることや、コミュニケーションが苦手です。『自分はどうせうまくいかない』、『うまく生きていけない』という強烈な劣等感を幼い頃から抱えています。結果的に、『自分と同じ境遇の人たちと一緒にいたい』、『居心地のいい場所に所属したい』という欲求を満たすために、不良グループに入り、罪を犯してしまう。そのような少年たちが非常に多かったです」

二次障害のない社会をつくりたい

子どもたちに必要なのは、「懲罰ではなく予防」だと確信した北村さんは、周囲の猛反対を押し切って警察を辞めた。退職後は、「まずは自分の子どもと向き合いたい」と、子どものリハビリに専念。療育園に父子で通園した。

理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、障害児保育を専門にする保育士など、様々な専門家が関わってくれる環境で、2年間の療育を受けた。子どもが発達していく過程で、二次障害を防ぐために、療育は欠かせないものだと実感したという。

その後、二次障害のない社会をつくりたいという一心で、NPO法人や発達障害児の親の会などを経て、2019年4月、株式会社Ecoldを立ち上げた。障害児通所支援事業の開業支援ICT療育プログラムの開発、療育施設エコルドの運営を行っている。

エコルド
エコルド

「二次障害は、幼少期の不適切な環境や親との望まない分離、虐待やいじめなどが大きな要因になります。乳幼児期から適切な環境に置いてあげることが必要です。子どもの人生を決めるのは周りの大人。大人が適切な環境をつくってあげないといけないと思っています」

早期療育をできるだけ多くの子どもたちに届けたい

療育園に父子通園したことで見つけた課題は、エコルドの運営に反映している。

「療育園は歩けるようになれば卒業でしたが、自閉症の子どもたちは、手先の不器用さもあるので、歩けるようになってもリハビリや療育が必要です」

エコルドでは、全身を使って動く粗大運動や、手指を使った細かな動作である微細運動などのリハビリを重視している。また、多様な人が入り混じる、インクルーシブな場においても、共通の認識で活動できるように、絵カードや写真を使って療育を行っている。

エコルド
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さらに、「現在、乳幼児期のリハビリと療育は短時間かつ母子通園が主流。子どもを通わせるために仕事を辞めたり、転職したりする親を見てきた」という北村さんは、送迎サービスを設けることで、親への負担を少なくしている。

「親は療育に覚悟をもってくるのではなく、生活の一貫として来て欲しいです」。早期療育が、できる限り多くの子どもたちに届くように、工夫を凝らしている。

エコルド
エコルド

現在は、京都大学大学院医学研究科と共同研究を進めている。乳幼児期における発達障害の子どもたちを、医療専門職ではない保育士が正しく評価できるような評価法の研究を行っている。評価をデータで可視化することで、保育にも役立てていくという。

今後は全国にパートナー企業を増やし、Ecoldのサービスを届けていく予定だ。さらに、「わざわざ療育に通わなくても、保育園に療育施設があるという仕組みづくりも目指している」という。

北村さんは、子どもたちにできるだけ、犯罪のない良い世界で生きて欲しいと願っている。その思いは、刑事時代から変わっていない。

「そのためには、自分の子どもだけではなく、社会を変えないと意味がありません。療育が必要な子どもたちの中には、これからもずっと支援を受け続けないといけない子もいます。障害があっても、社会の中で、うまく生きていかないといけない。犯罪が予防できるような、二次障害のない社会づくりを目指していきたいです」

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