東京都・渋谷の中心街に無料で入れる小さなギャラリーがある。そのギャラリーは、東京都渋谷公園通りギャラリー。
アール・ブリュット(専門的な美術教育を受けていない人などが、既成の表現方法にとらわれず自由に作品を制作することなどをいう)を中心に展覧会・交流プログラムなどを行なっている。
このギャラリーでは、どんな人でも楽しめるようにとインクルーシブ(社会的包摂)の取り組みが厚い。手話通訳付きの展覧会の鑑賞会・交流プログラムの開催が多いのだ。
今回はここでも活動する手話通訳士の瀬戸口裕子さんと和田みささんにインタビューした。
ろう者は「視覚」で世界を見る
ろう者は目が見える。聴者と変わりなく美術鑑賞ができるのではと思われがちだと2人は言う。
しかし、聴者とろう者で異なるのは、「聴覚を使う・使わない人」。そのため、音声ガイドを用いて美術館を楽しむことはできない。
「そうは言っても障害者手帳で無料で入館できる。見えるから、特にフォローがなくてもいいじゃないかという声もありますが、ろう者は本当の意味で美術館を体験できてはいないと思います」と瀬戸口さん。
瀬戸口さんは手話を学んでいる最中に、美術鑑賞が好きなろう者に頼まれて音声ガイドを通訳した。その時にとても喜ばれたのがきっかけで美術館には手話通訳が必要だと感じるようになったそうだ。
また和田さんは「学芸員のトークに手話通訳をつけるだけでは足りない。聴者は聴きながら目で観れますが、ろう者は目で見ることに特化しています。通訳を目で見て、終わった後に鑑賞するというタイムラグが起きる。なので、学芸員さんには解説が終わった後に2、3分待つというゆとりがほしいと伝えます」と話す。
専門用語の通訳の難しさ
「美術の専門用語をろう者に伝えるときは、指文字(一文字の書記言語)をつないで表現することも多いです。説明が間に合わなくなりそうになる時も」と瀬戸口さん。
事前に提供される資料を読み込み、周縁の情報を確認する。会場の雰囲気を知り、学芸員と打ち合わせを重ね、内容を把握したうえで本番を迎える。
「手話通訳は、事前準備で90%決まる」と自分に言い聞かせているそうだ。
「つなぐ」醍醐味を感じて
「聴者とろう者で見ている世界は違うんですね。聴覚がない分、目で世界を捉えている。美術作品を通して、ろう者の感想を伝える時、“そんな視点、思いつかなかった!”と聴者から驚かれることも多いです」と和田さん。
見ている世界が違うから受け取り方も異なる。その違いを通訳しながら聴者に伝え、聴者がろう者が持つ世界観に興味津々になった時が嬉しいと話す。
また、瀬戸口さんと和田さんに手話通訳士の醍醐味を尋ねると、2人とも聴者とろう者が和気あいあいと交流する機会に出会ったときだという。
東京都渋谷公園通りギャラリーで以前実施した交流プログラム「においと辿る、わたしの記憶」ワークショップでの出来事を話してくれた。
ろう者が書き物に集中している時に聴者同士が面白い話をしていて、講師の先生に“今の話を通訳していいですか?”と許可を取り、書き物をしているろう者に合わせて、さりげなく筆談で通訳した。ろう者が筆談に反応を示すと、自然と聴者の人がろう者の間に入り、話が盛り上がったという。
「ろう者と聴者をうまくつなげられた時、こっそりしめしめと思います(笑)」
和田さんが茶目っ気たっぷりに話す。
「他の現場では手話通訳士は黒子になる必要がありますが、美術館だとメディエーター(仲介者)の技術が必要になると思います。通訳を通し、いかに両者が自然なやりとりができるかも頭に入れています。ろう者から直接求められたわけではないけど、せっかくのまたとない機会。異なる世界観をお互いに共有することで、新しい発見が生まれるのではないか」と瀬戸口さんはいう。
ギャラリーが手話通訳に期待すること
なぜ東京都渋谷公園通りギャラリーではイベントに手話通訳をつけているのか。手話通訳をつけることでどんな期待があるのだろうか。
最後に東京都渋谷公園通りギャラリーの課長・大内郁さんに聞いた。
「まずは一人でも多くのろう者の方がイベントに参加し易くなることを目的とし、ギャラリーでは手話通訳をつけています。現状、聞こえる人の中で、聞こえない人や手話言語に実際に会ったり関わったりしたことがないという人が、まだまだいるのではないかと思います。それを考えた時、イベントに手話通訳が入ることで、聞こえない人と聞こえる人が混ざり合う場をつくるということにも大きな意義があるのでは、と。ギャラリーでは、さまざまな人にとってのアクセシビリティ(近づきやすさや利用のしやすさ)を意識していきたい。そうして人と人との新たなコミュニケーションが起こることを強く期待しています」
このような思いを持つ“人”、そしてつなぐ“場”が合わさって、インクルーシブ社会実現への更なる強化は一段と進むのだろう。