瀬戸中央自動車道の水島ICから工場夜景で有名な水島臨海工業地帯へ向かうと、目に飛び込んでくるのがピンクの城。その正体は、6月に創業53年を迎えた喫茶店「ニューリンデン」です。ビビッドな外観もさることながら、同店の特徴は460種類という驚異的なメニュー数。工業地帯のお膝元で半世紀以上、「非日常」や「お得感」を提供し、人気店であり続ける秘訣を2代目店主の高橋芳彦さんに聞きました。
昭和レトロブームが追い風に
メニュー数は、デザートや飲み物も含めると460種類。シチューやとんかつ、グラタン、ミックスフライ、うどん、ぞうすいなど洋食から和食、中華風まで多岐に渡ります。
例えば、ぞうすいを例に挙げると、「もちぞうすい」のほか、「すき焼き風ぞうすい」「豚キムチぞうすい」「山菜月見ぞうすい」などの変わり種も。「実は年に数回しか出ないメニューもあるんですよ」と高橋さんは笑います。お子様ランチだけで3種類、人気メニューの「プリンアラモード」も5種類から選べます。
コロナ禍の影響について尋ねると、「緊急事態宣言の間の2か月間は影響がありましたが、その後は客足が元に戻りました」と影響は限定的だったと言います。最近の昭和レトロブームに後押しされ、SNSを見たという家族連れや若者が多数訪れるのだとか。
喜ぶ顔見たくて進化続けるメニュー
人気の秘密をさらに探ってみました。
“映えメニュー”の「プリンアラモード」は、オーダーが入ってから、高橋さん自らフルーツをカッティングして丁寧に盛り付けます。フルーツの種類はメロンや桃、りんごなど12〜13種。お手製のプリンが隠れて見えなくなるほど、フルーツやアイスクリームが山盛りです。
「メニューの中でプリンアラモードの原価率が一番高いかな」と言いながら、フルーツの種類が少しずつ増えているというから驚きです。
店のポリシーについて、「これまで価格はほとんど上げずにきました。主力メニューはすべて手作り。味の決め手となるドレッシングやソースも手作りしています」と高橋さん。また、調味料もできるだけ地元企業のものを使用しています。
ホールも担当する高橋さんは「テーブルまで運んだ時のお客様の反応が毎回楽しみなんです。喜んでもらえる瞬間が一番嬉しいですね」と話します。庶民的な価格設定を守りながら、手作りの美味しいメニューを作り続ける高橋さんの心意気が感じられます。
高度成長期とともに歩んだ歴史
ニューリンデンの創業者は、高橋さんの父親で、今は亡き高橋彪さんです。1969年、和菓子職人だった彪さんが、玉野市と倉敷市水島を結ぶ県道62号線沿いに開業しました。
当時は、高度経済成長期で日本中が活気に満ちた時代。水島臨海工業地帯には鉄鋼や石油化学をはじめ、多数の企業が進出しました。
「ニューリンデン近くにも、大規模な社宅が完成し、ビジネス客に加えて、近隣の常連客もつきました。当時、私は小学生でしたが、クラス数も一気に増えて賑やかになりましたよ」
さらに、1970年の鷲羽山スカイライン開通、1988年の瀬戸大橋開通など、倉敷の発展を県道横から見守り続けました。モータリゼーションを見込んで、大型駐車場を併設していたことも、時代の潮流をつかみました。
「父は人を喜ばすことが好きなアイデアマンでした。大阪万博の「万博カード」を使って集客のための企画を考えるなど、『いくらでもアイデアが浮かぶ』と話していましたね。喫茶店ながらファミレスのようなメニュー数になったのも、父のお客さんを喜ばせたいという思いからです」
ピンクのお城も彪さんのデザイン。「遊園地好きだった父が、近隣の遊園地を訪ねて見てきたアイデアを形にしたものです」
高橋さんは調理師学校を卒業後、本格的に彪さんの店を手伝いました。「20代半ばまで、休みは月1回のみ。朝7時半から夜10時まで働きました。そんな時代でした」
まだ増え続けるメニュー数
スタッフは、ホールとデザートなどを担当する高橋さんのほか、厨房担当は、妻の恭子さんと、母・千鶴子さんら。千鶴子さんは、88歳の今も現役で厨房に立ち調理をしています。
「10年くらい前は、お客さんの少ない時期もありました。今はSNSの影響で、多くの方が来てくださっています。一番大事にしているのは、来ていただいたお客さんに喜んでもらえること。物価高で大変ですが、今年いっぱいは値上げせずに頑張る予定です」
高橋さんは、ドリンクなどの開発を手がけ、新メニューは今も増え続けています。
現在65歳の高橋さん。「70歳まではこのまま続けたいですね。その後は、どこか別の場所でメニュー数を減らして、こぢんまりとやれたらと考えています」と話しています。