温泉×ヴィンテージ柄で昭和レトロな空間に
「昭和」を懐古するブームは数年前から起こっていたが、最近では鉄板の人気コンテンツになっている。大正では遠すぎ、平成ではやや近すぎる。今の日本人が懐かしむには、昭和がちょうどいい距離感のようだ。
このレトロブームに火をつけた存在の一つといえそうなのが、埼玉県の温泉銭湯「玉川温泉」。店内と店外、昭和の香りと温もりにあふれたアイテムがあちこちにあり、なおかつスタイリッシュなテイストにまとめられている。同県比企郡という山間部にありながら、週末ともなれば、多くの来場者でごった返すほどの盛況ぶりだ。
2022年の春、玉川温泉で開催された「アデリアレトロ」のワークショップにも家族連れ、女子友、カップルなどが参加し、毎回満員御礼になった。グラスにアデリアレトロのオリジナル転写シールを貼り付け、そのデザインを焼き付けたあと、世界に一つしかないアイテムを参加者が後日受け取ることができる。
このアデリアレトロも昭和レトロブームを牽引するガラス食器ブランド。愛知県に本社を置き、ガラスびん、ペットボトルなどを製造する「石塚硝子」が製造・販売元だ。同社が1961年から販売している食器ブランド「アデリア」の、当時のプリントグラスの柄を2018年に復刻したのが「アデリアレトロ」というわけ。
可愛い!とダサい!のせめぎ合い
アデリアレトロ仕掛け人の一人が同社元社員の桐本夏希さん。美大出身で、アンティークの洋服や雑貨類が好きだったこともあり、二人の若手女子社員とアデリアの魅力に惹かれて復刻したいと思うようになった。
「インスタグラムで『#アデリア』で検索すると、ヴィンテージアイテムがたくさんでてきました。30 代から40代のアンティークコレクターを中心に、ヴィンテージグラスが好きな人々がたくさんいることを確信しました」と桐本さん。オリジナルグラスの柄を復刻したらきっと反響を呼ぶはずだと、会社の企画会議でアデリアレトロの商品化を提案した。
「石塚硝子は50 代、60代の男性社員が多い老舗の会社です。だから私たちのような若い社員とは価値観に差がありすぎて、昔の製品の柄の復刻をなかなか許可してもらえませんでした。私たちは『可愛い!』と思うけれど、おじさま世代からは『ダサいから、売れない!』となるわけです(苦笑)」
おじさま世代の気持ちはわからないでもない。例えば平成ギャルファッションを例に挙げると、20歳前後のZ世代にとっては「可愛いし超イケてる!」となるが、当時ギャルファッションを着ていたもっと上の世代にとっては「恥ずかしい、黒歴史だ」となりかねない。しかし、歴史は繰り返す、そしてブームは何度もやって来る。
「だから企画会議への戦略も変えました。『今の女子には新鮮で可愛い』だけで推すのではなく、インスタでアデリアのヴィンテージグラスの情報がこれだけあると地道に調査しました。そして『数字的にもイケる』と提案したのです。また、アンティークマーケットの出店者さんたちにも『ぜひ復刻してください!』と背中を押されたのも強いモチベーションになりました。もう、作れるのは私たちしかいない!と決意したのです」
そこで500個だけなら作ってもいいと会社の許可をもらい、テスト生産にこぎつけた。これだけ少ない生産量だと販売価格が割高になるにもかかわらず、見事完売。桐本さんはその後石塚硝子を退職し、アデリアレトロのデザインとSNSでのPRを行っている。
バブル世代には懐かしの東京・六本木にあるカフェ「アマンド」をはじめとした、全国のカフェともコラボして、急速に認知度を得るようになる。東京プリンスホテルにも、7月末までの期間限定宿泊プランとして、アデリアレトロとのコラボレーションルームができた。
また「喫茶アデリアーノ」という期間限定の純喫茶も企画している。
版ずれや色にじみも愛おしい
アデリアレトロの良い点は、冒頭の玉川温泉同様、あらゆる年代の層に支持されていること。10代、20代は新鮮で可愛いと思い、30代、40代はデザインや独特な風合いが素敵だと思い、50代以上になると、アイテムだけでなく古き良き時代の背景までもノスタルジックな気持ちで愛おしむ……。世代を超えて共通項にできるので、コミュニケーションツールにもなる。
前述の玉川温泉の食事処では、アデリアレトロのグラスでクリームソーダを食べる母娘や、祖父母、娘、孫の三世代が食事を楽しむ姿が印象的だった。通常なら女性達に押されて蚊帳の外に置かれがちな祖父が、「ここは不思議で面白い場所だな」と、昭和の“懐かしエピソード”を孫に語っていた。
「私は、アデリアが生まれた昭和のことは知りません。もはや歴史上の出来事だけど、グラスを通してその時代に思いを馳せることはできます。勢いのある時代だったから、石塚硝子でもグラスを大量生産をしていましたが、当時は技術力が未熟だったので、判ずれとか色の滲み、線の太さが一致しない商品も少なくないのです。今ならすぐ直せますが、当時はそのままで売っていて、その“ほころび”が、かえって愛おしいというか(笑)。ですから、あえてそのずれた柄や色にじみを忠実に再現しています」
アデリアレトロを愛する仲間との交流の場を作りたい
現在ではなかなか見られない当時の形状を再現し、使いやすいフォルムにリメイク。当時の空気感を伝える。それもまたアデリアレトロが人気になっている理由なのかも。
このようなブームは一過性のものになることも少なくないが、そうしたくないと桐本さんはきっぱり言う。
「個人の“好き”や“推し”がどんどん細分化しているなか、『アデリアレトロが好き』というのも一つのジャンルですよね。このジャンルにドンピシャでハマった仲間と“好き”を共有できるのが楽しくて。アデリアレトロを愛する仲間と交流する場所として、常にオープンしている純喫茶を企画したいですね」と桐本さんは微笑む。
以前なら「オタク」という言葉でくくられていた分野が、もっとカジュアルでライトな感覚になった。ジャンルはなんでもいい、カジュアルなオタクであることは、幸せに暮らす一つの要素になりうるかもしれない。