安価で便利なモノが溢れる今の時代、手にしたモノを簡単に手放す人が増えている。そんな中、「モノを大切にしてほしい」という思いで活動するのは生駒葵さんだ。2018年にファッションブランド「Fino Mão (フィーノ・マォン)」を立ち上げ、ファッション雑貨の製作や販売、洋服のリメイクなどを手がけている。そんな生駒さんに、活動に込める思いやモノとの向き合い方について話を聞いた。
アパレル業界の現状に落胆
服飾専門学校を卒業後、アパレル業界に進んだ生駒さん。仕事にやりがいを感じながら働く一方で、業界の現状に触れ、落胆することが多々あったそうだ。
「1日に何トンも洋服が捨てられ、ごみ処理場で埃のような姿になる映像をテレビで見た時は衝撃的でした。洋服の行く末はこれなんだって。それなのに企業は新作だ、流行だと大量に生産し、売れ残ったら廃棄する。材料や作った人のことなど考えない、これがいわゆる『ビジネス』なのかと腹立たしく感じていました」
生駒さんの中で特に大きく印象に残っているのが、2013年にバングラデシュで起きたビルの崩落事故だ。ビル内には有名アパレルブランドの下請けを行う縫製工場が27あり、壁や柱にひびが入っているにも関わらず、従業員はそのまま働かされていた。そのような劣悪な労働環境のもと、世界中からの大量の注文に応え続けた結果、ビルが崩壊し、1100名を超える命が犠牲になったのだ。
「工場製だし安いからと言って、何気なく買ってすぐ捨てる人がいますが、工場と言ってもボタンひとつで完成するわけではありません。生地を裁断したり、一枚一枚縫製したりと、人の手が必ず関わっています。食事をする時に食材や農家、作ってくれた人に感謝して『いただきます』というように、洋服や雑貨を手にする時も同じ気持ちを持ってほしいんです」
使いにくいと使わなくなる
約10年会社に勤めた後、衣装製作の道に進み、多種多様な衣装の提案や製作を行ってきた生駒さん。そこで培った個々への提案力を活かし、2018年にFino Mãoを立ち上げた。その商品は、洗えるマスクカバーケースや色のカスタマイズができるバッグなど、ユニークな工夫が凝らされている。「ありそうでなかった」と客からは好評だ。
「人によって『ちょうど良い』と思うものは異なりますが、どうやったら無駄なく気持ちよく使えるか、できる限り想像力を働かせてデザインしています。使いにくいモノって、結局使わなくなってしまいますから」
時には、客の思い描く理想を汲み取り、新たな商品を生み出すこともあるそうだ。
「友人が、ランニング中に持ち運べるようなコインケースが欲しいと言っていて、コンパクトな印象からか、既存商品の屑入れを買おうとしてくれていたんです。でも、屑入れのサイズだと深さがあって指がコインに届かない。となると、結局使わなくなってしまうのではと思い、女性の指でも届く深さに変えました。そうやって新しく誕生した商品が『コインケース』です」
2021年夏からは、不要になった洋服や布をリメイクし、別の新しいアイテムとして蘇らせる「アップサイクル」にも取り組んでいる。着られなくなったスカートをマフラーに、クローゼットに眠るデニムパンツをコートの一部に、というように、客の思い出の洋服に新たな命を吹き込んでいる。
何かに変えたいけどアイデアが思い浮かばない、スタイルアップなど細かい希望も聞いてほしいという人向けに「リメイク相談会」もやっているそうだ。
まずは目の前の人を照らすことから
一人の行動で社会を変えることは簡単ではない。それでも「個」の力こそ大切だと生駒さんは言う。
「社会は急には変わらないけれど、周りを巻き込むことで、『社会を良くしていく』という意識は多くの人に広まっていくと思います。私が目の前のお客さんに商品や思いを伝えることで、もしかすると誰かがそれを話題にしてくれるかもしれないし、モノに対する考え方を見直すきっかけが生まれるかもしれない。モノを大切にすることについて、友人と普通に話せるようになるだけでも、世の中が良くなっているということだと思います」
生駒さんは「一隅を守り千里を照らす」という言葉を信じて活動しているという。平安時代の仏教僧、最澄が残したものだ。
「目の前にいる人を守って照らすと、その光が人から人へと伝播して、社会全体が良くなる。色んな解釈がありますが私はその解釈が好きで、自分の活動の意義だと思っています。企業に比べると個の力は小さいけれど、光が人から人へと繋がっていけば社会は明るくなると信じています」