奈良県の吉野町は、日本有数の桜の名所だ。春には30万人もの観光客が、全国からこの地へ訪れる場所。毎年多くの観光客であふれかえる場所でも2年前、コロナ禍の影響で街から人が消え、桜のシーズンでも観光客が来なかった。
1948年から74年、吉野町に店を構える「静亭(しずかてい)」の女将、林美佳さんに、コロナ禍がどのような影響を与え、どのように乗り越えたのか、話を聞いた。
町から消えた観光客
吉野町にある大峰山は昔から修験道があり、町は修験者の街として存在していた。今でこそ観光地として有名な場所だが、1948年当時は修験者の遊びの場として射的場をしており、当時はそれが「おもてなし」だったという。
「静亭」は林さんの祖母が、射的場から飲食店に改装して出来上がった。その中で、昔から変わらず提供しているのが食事だ。
吉野町は柿の葉寿司が有名だが、元々は保存食だ。冷蔵庫のない時代、和歌山から吉野へ来るときに、なまものの痛みを防ぐため、包んで運ぶのに重宝していたのが「柿の葉」だった。それが今でも柿の葉寿司として残っている。今でこそ、ご飯を炊くのも、酢飯を作るのもボタンひとつだ。機械がなかったころは、全て手作業だったため、1日50個の売り切り販売だったという。
吉野町の観光シーズンは桜の時期の約10日間のみ。コロナ禍になる前は、ピーク時には観光バス1日に500〜600台、臨時バスも出ていたほどだ。しかし2020年2月、シーズンオフの吉野山から観光客が消えた。当然だが、4月になっても活気が戻ることはなかった。
林さんは、「観光客が絶えない4月の桜のシーズンに、人がいない吉野山を生まれて初めて見た」と言っていた。2月は店も自粛休業したが、周りの飲食店や土産物屋が自粛してる中、4月には店を開けた。たまに関西圏からの来客があったが、静かな日々は続いた。
危機的状況を乗り越えたきっかけ
もともと吉野町は、12月から2月の「冬の時期をどう乗り切るか」が課題だった。シーズンオフのときは、ほぼ来店もない。そのため始めたのが卸業だ。奈良県内の「道の駅」や「マルシェ」などに出店して、店の商品の販売を開始した。
それが2年前は「道の駅」も閉まり「マルシェ」もない。在庫を抱えたが、こればかりはどうしようもない。しかし、この店のオリジナル商品が危機的状況を回避することとなった。
常連客がくれた言葉だった。「チーズが美味しいから持って帰りたいけど、売ってないの?」と言われたのだ。
チーズとは、静亭オリジナルメニューの珍味で、ノーマーク商品だった。「販売を考えていなかったから、慌てて真空パックにして販売した」という。しかし、この言葉がきっかけとなり通信販売を開始。「以前より通販で購入できる商品は増えた」と話してくれた。
常連客の言葉がきっかけで通販が始まり、今年は以前のように活気が戻ってきたという。
「吉野山が静かになり、厳しい時期もありましたが、ヒントをくれたのはお客さまの声です」
林さんは、「人の支えがあるからこそ、手探りながらお店を続けていることに感謝です」と嬉しそうに言っていた。