靴職人に聞くオーダー靴を“日常使い”する魅力とは 「人生を歩む相棒に」

靴職人に聞くオーダー靴を“日常使い”する魅力とは 「人生を歩む相棒に」
「kisakishoes」オーナー兼靴職人の木佐木愛さん

横浜市青葉区青葉台の閑静な住宅街に佇む靴工房kisakishoes(キサキシューズ)。オーナー兼靴職人の木佐木愛(きさきめぐむ)さんは、工房内でビスポークシューズ(木型から作るフルオーダーメイド靴)の製作と靴作り教室「ブンデスタディ」を展開しています。
「手作りの靴の魅力を多くの人に知ってもらいたい」と話す木佐木さんに、オーダー靴の魅力について聞きました。

長年の積み重ねを経て、靴職人として独立

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幼い頃から靴が好きだったという木佐木さん。学芸員になるために美術学校に進学しましたが、学ぶうちに「学芸員は向いていない」と思い、進路に悩んでいました。物作りには関心があったため何か作れないか考えていたとき、木佐木さんが靴職人としての道を歩む最初のきっかけが訪れます。

「スペインに旅行したとき、教会の中に入っている靴の博物館に立ち寄りました。小さなスペースに、昔のヨーロッパ貴族や農民が履いていた靴が所狭しと並べられていたのですが、その展示に衝撃を受けました。お店で売っている靴とは全然違う質感で、明らかに人が手で縫っている痕跡が残っていて、でもすごく綺麗で……。心動かされましたし、そこで初めて『靴って手で作れるんだ』と気付きました」

その後、靴作りを仕事にできないか考え始めた木佐木さん。卒業後に当時は数少なかった靴作りが学べるところを探し、学費をためて翌年入学しました。2年ほどかけて靴作りの基本を勉強したものの、このままでは職人として独立できない不安があったといいます。

「お店で売ってるような靴ではなく、一人一人の足にぴったり添うようなオーダー靴を作りたいと思っていました。しかし、そこでは自分の木型でしか靴を作らなかったんです。足の形はそれぞれ違うので、個人にフィットした靴を作るためには木型の作り方や知識を深めねばならないと悟りました」

その後、イギリスでビスポークシューズの職人として働いていた大川由紀子さんが日本へ帰国し、靴作りの教室を開いたとの情報を聞きつけました。大川さんのもとであれば木型についてもっと学べると確信した木佐木さんは、その門を叩きます。別の仕事をしながら大川さんのもとで習い、アシスタントを経て2012年に念願の工房を立ち上げ、独立しました。

オーダー靴を、人生を歩む相棒のような存在として履いてほしい

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「オーダー靴を日常に」という思いを掲げながら活動している木佐木さん。とはいえ、オーダー靴はおしゃれにこだわる人が履くイメージがありますが、木佐木さんはどう考えているのでしょうか。

「お客様には、オーダー靴を『ともに人生を歩んでいく相棒のような存在』として履いてほしいと考えています。特別な日の靴という位置付けではなく、むしろ日常的に履いてほしい。足にフィットする感覚を知ってもらい、筋肉や靭帯を健やかに保ってほしいのです。毎日履くものだからこそ、日々を豊かにできるものであってほしい思いで、活動しています」

オーダー靴にはどんな魅力があるのかを教えてもらいました。

「まず、既成靴では得られないフィット感を味わえるのが、オーダー靴の魅力だと思います。足の型をとり、木型から手作りすることで、一人一人の足に沿うものを作り上げることができます。また、靴がなじんでくるとインソールやアッパーの革が、体重のかかる骨の位置やシワの形状を記憶します。履けば履くほどなじむ感覚を育てていく楽しさを味わえますよ」

「さらに、ハンドソーンウエルテッド製法(靴底を手で縫い付ける製法)を用いれば、一足を20年、30年と長く履き続けられるんです。たとえ靴底が消耗したとしても、フィッティングの感覚が変わらずにソールだけを修理することができます」

顧客と対話を重ねながら、快適さと格好良さを両立できるような一足を作り上げていると木佐木さんは話します。

「フォーマルなイメージが強いオーダー靴ですが、要望に合わせてカジュアルシーンに合うような靴を作ることももちろん可能です。お客様の雰囲気やファッションを見ながら製作していきます。最近はオンとオフ双方のシーンで使える靴を希望される方も増えていますね」

手作りの靴の感触の良さを、より多くの人に実感してほしい

木佐木さんは現在、オーダー靴製作のほかに、工房内で靴作り教室「ブンデスタディ」を開いています。教室には決まったカリキュラムはありません。作りたい靴のイメージに近づくよう、デザインや使用する革、製法などすべて生徒が決めて、完成を目指します。

「こういう靴が作れたら合格、といった決まりはありません。どんな形が好みか、デザインをどうしたいかは各々が考えて決めることなので、生徒さんの自由な発想を大切にしています」

文中画像中②
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将来は靴職人を志している生徒や、自ら革などの材料や工具を探してくる生徒もいるのだとか。

「プロにならずとも自分の靴を何足か作り上げたことで自信がつき、ご家族の靴作りにチャレンジする方も多いです。周りを巻き込んで喜びを共有できるような趣味になってくれるのは、本当にうれしいですね」

また、今後はオーダーという枠組みにとらわれず、手作りの靴の魅力をもっと発信していきたいと、木佐木さんは話します。

「工房にふらっと遊びに来ていただく感覚で、気軽に体験してもらうようなワークショップを行っていきたいです。例えば紐靴の製作ですと最短でも半年ほどはかかってしまうので、教室に2、3回通えば完成するサンダルや革小物が作れるような企画を検討しています」

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また、ネットショップの開設も視野に入れているということです。

「遠方で工房に足を運べない人にも『あ、これいいな』と手にとってもらえるような一点もののサンダルなどを販売していく予定です。手作りの靴の温もりや、足に直に触れる部分の、本物の革の感触の良さをもっとカジュアルに、より多くの人に体感してもらいたいですね」

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