生き物をモチーフにした滑らかな木彫りに、ビーズで描かれた繊細な模様。見た人を惹き付けるこのアートは、フランス出身のソフィアさんが5年前にメキシコで立ち上げたブランド、「Ojo pecoso」(オホ・ペコソ)の代表作だ。
自由な発想でメキシコ伝統の技術を掛け合わせ、そこに「色」というオリジナリティを加えて作り出される作品の数々は、いまメキシコ国内で話題を呼んでいる。
メキシコシティにあるソフィアさんの工房兼自宅を訪ね、作品づくりへの思いを聞いた。
転機は友人からのひと言
ソフィアさんがメキシコに移り住んだのは今から18年前。同じくフランス出身の夫がメキシコで有機農業の仕事に就いたのがきっかけだった。
すぐにこの国を大好きになった、という彼女は、フランス大使館で働きながら、休みのたびに夫とメキシコ各地を旅してまわった。特に楽しみにしていたのは、市場や工房を訪れ、気に入った民芸品を買って帰ることだった。
そんな折、友人のひと言がソフィアさんに転機をもたらす。
「我が家に遊びに来た友人が言ったんです。『この素敵なアート、どこで買ったの?わたしも欲しいわ』って」
大使館の仕事を10年以上続け、何か別の仕事をしたいと考えていたソフィアさんは、この言葉をきっかけに退職し、メキシカンアートの買いつけと販売を始めた。ほどなくして、彼女に新しいアイディアが浮かぶ。
「別々の場所の伝統を掛け合わせてみたい、と思ったんです」
伝統の掛け算から生まれた「新しさ」
メキシコの太平洋側・ゲレーロ州の滑らかな木彫りアート。中部・ハリスコ州の先住民族、ウイチョル族が作る精巧なビーズアート。どちらも長い歴史を持つ素晴らしい伝統技術だが、2つの技術を融合させ、新しいアートを作りたいと考えたソフィアさんは、実現に向け動き出した。
「それまでアートの勉強をしたことは一度もありませんでした。でもデザインのアイデアはどんどん浮かんできました。旅先で目にしてきた美しい景色やアートが、知らず知らずのうちにヒントをくれていたのだと思います」
ソフィアさんは浮かんだデザインをイメージ画にし、ゲレーロ州の職人に木彫りの制作を依頼した。木彫りが出来上がると今度はそれをハリスコ州のビーズ職人に送り、ビーズアートを施してもらう。言葉にすると容易に聞こえるが、実際はそうスムーズにはいかなかったという。
「職人の中には、先住民族以外立ち入れない村に住む方もいます。皆がスマートフォンを持っているわけでもありません。お互いのイメージを正確に共有するにはどうすればいいかを模索し続け、失敗を繰り返しながら、色のコード表を取り入れるなど工夫をして、やっと納得いく作品を仕上げられるまでになりました」
そして生まれたのが、”パハリート”(「小鳥」)という作品だ。
「わたしはアーティストではない」
“パハリート”以降も、ソフィアさんは職人たちと共に次々とオリジナルの作品を生み出していった。
しかし彼女は自身のことを「アーティストではない」と言う。その言葉の根底にあるのは、職人らに対する深い尊敬だ。
「アーティストはあくまで職人たち。わたしがしているのは、素晴らしい技術を持つ職人同士の『出会い』をコーディネートすることだけです」
現在ソフィアさんは、メキシコ各地にいるおよそ20人の職人たちと仕事をしているが、彼らとの作品づくりにおいて意識していることを聞くと、迷いのない答えが返ってきた。
「離れた場所にいる者同士でひとつの作品を作っているからこそ、信頼関係を大切にしています。彼らの伝統文化に敬意を払い、仕事に対して正当な対価を支払う。当たり前ですが、信頼し続けてもらうためにはこれらをどんな時も忘れてはいけないと思っています」
またソフィアさんは、出来るだけ職人一人一人の人生に寄り添う努力をしている。子どもが生まれる職人には近い将来の出費を考え、仕事の依頼を増やす。そんな心遣いが伝わっているのだろう、Ojo pecosoの作品に関わる職人たちは、彼女の新しい試みに常に前向きに取り組んでくれるという。
この先に描く未来
ブランド名であるOjo pecosoは、直訳すると「そばかすのある目」だ。ソフィアさんの瞳にあるそばかすのような斑点(peca)から付けられたこの名前には、メキシコじゅうに散らばる宝物のような伝統工芸品と、それらが秘める無限の可能性を、「自らの目で見いだしたい」という思いが込められている。
作品の販売はまだ、メキシコ国内のみに限定している。
「次々と浮かんでくるアイデアを職人たちと作品にするのが楽しくて、いくら時間があっても足りないんです。でもいつかもっと勉強をして、母国フランスや日本の人たちにも作品を届けたいと思っています」
そう語るソフィアさんの目は、美しいビーズアートのようにきらきらと輝いていた。