2021年12月31日のNHK紅白歌合戦では、前の年に続き「けん玉チャレンジ」が行われた。126人連続で大皿に玉を乗せ、見事にギネス記録を更新。このとき、126人の手に握られていたけん玉を製造しているのが、山形県長井市の山形工房である。
山形工房は国内で唯一の、「日本けん玉協会認定 競技用けん玉(以下、競技用けん玉)」を製造している会社だ。従業員数は、2022年1月時点で15名。職人たちの手によって丁寧に作り上げられたけん玉は、国内外に多くのファンを抱えている。社長の梅津雄治(うめつゆうじ)さんに、けん玉への思いを聞いた。
国産で唯一となる競技用けん玉「大空」
日本けん玉協会主催の公式大会や級・段位認定試験では、「競技用けん玉」を使用する必要がある。現在、日本製の商品で競技用けん玉としての認定を受けているのは、山形工房の「大空」だけだ。デザイン性や使用感に優れており、競技に限らず愛用している人も多い。
山形工房では、競技用けん玉だけでなく「5連けん玉」や「10連けん玉」といった、さまざまなけん玉を製造・販売している。2021年には、「東京2020オリンピック競技大会 公式ライセンス商品」も販売し、人気を集めた。
「けん玉って、乾電池や電気を使わずに、1人で楽しめるんですよ。技が決まった・決まらないが明確なので、達成感や喜びも感じやすい。技は30,000種類以上もあるけど、今も増え続けていて、目標が尽きることはないんです」
梅津さんは、けん玉の楽しさを笑顔で語る。
「しかも、体幹を鍛えられたり、認知症予防への効果が期待されていたり、多くの効能もあるんですよ」
警察官から家業へ
山形工房は、1973年に梅津さんの祖父が創業した。梅津さんは2008年に入社し、家業を継ぐ形で2009年から社長を務めている。
そんな梅津さんが中学生から憧れていた職業は、警察官だった。大学卒業後、夢を叶えるために警視庁に入庁したが、警察官時代に実家へ帰省した際に感じた「けん玉の可能性」に引き寄せられ、けん玉業界に足を踏み入れる。
「当時会社が運営していたサイトに、海外から多くのメッセージが届いていたんです。『山形工房のけん玉は高品質で人気が出そうだから、わが社(アメリカ)に輸出してほしい』『山形工房のけん玉でパフォーマンス動画を作ったから、見てくれ!』のような。けん玉は、これからどんどん人気になるんじゃないかと、可能性を感じました」
「ただ、当時は今より従業員が少なかったうえに、英語で対応できる人もいなかったんです。先代が作ってきたけん玉を、日本だけでなく海外にも広げたいと、一念発起して入社しました」
けん玉を世界中に普及させたい
世界に目を向けた梅津さんの下で、山形工房は、これまで46か国にけん玉を輸出してきた。タンザニアのような、おもちゃ自体が普及していない国に、けん玉を送ったこともあるそうだ。
「日本けん玉協会では『けん玉の響きは平和の響き』という標語を掲げています。おもちゃがない国にもけん玉を普及させて、世界各地で楽しんでもらうことが、私の目標です」
梅津さんには、もうひとつ目標がある。国内で唯一となる競技用けん玉の作り手として、トッププレーヤーが求めるけん玉を作ることだ。
「選手のニーズをくみ取りながら、常に改良を続けています。本当のトッププレーヤーに求められる存在。そんなふうに、山形工房のけん玉を育てていきたいなあと思っています」
地元の長井市は「けん玉のまち」に
梅津さんが山形工房に入社して、2022年で14年目。この間、地元の長井市は「けん玉のまち」と呼ばれるようになった。2014年には「けん玉のふる里プロジェクト」が開始され、市全体でけん玉を活用した地域おこしが進められている。
「たとえば、『とめけん(※)に1発で成功したら、ビール1杯無料』ってサービスをしている居酒屋があるんです。そんなふうに、みんながけん玉を使って、街を一生懸命盛り上げようとしてくれています。本当にありがたいですよ。この街が誇らしいです」
※玉を引き上げてけん先に挿す、けん玉の基本技
山形工房の取り組みは、国からも評価され、2021年には経済産業省 中小企業庁より「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選ばれている。
「けん玉」を通して、地域の人々を、そして世界を楽しませている梅津さんと山形工房。けん玉の輪は、これからも多くの笑顔を育みながら広がっていくだろう。