香川の郷土野菜「香川本鷹」に託す“生きがい農業” 特産品は地域の誇り

香川の郷土野菜「香川本鷹」に託す“生きがい農業” 特産品は地域の誇り
香川の伝統野菜のひとつ、香川本鷹。収穫したては朱色が鮮やか。

京野菜や加賀野菜など、全国各地にその土地で昔から栽培され続けてきた伝統野菜がある。うどん文化で知られる香川県にも、まんば、葉ごぼうなどの郷土野菜があり、香川の食文化を支えている。
そのひとつ、香川本鷹(ほんたか)は、1975年代にほぼ絶滅し、15年ほど前に栽培が復活したという唐辛子。復活の舞台裏を支えたひとり、糸川桂市(いとがわけいいち)さんに話を聞いた。

本鷹2s
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子どものころに見ていたはずの唐辛子

糸川桂市さん65歳。香川県三豊市山本町出身。香川県に入庁し、農業経営課の専門技術員として約40年間従事した。4年前に定年を迎え、現在は種苗メーカーの技術顧問(嘱託社員)として仕事をしている。

香川本鷹復活のきっかけは、2003年、地域の農産物を紹介するホームページづくりの業務だった。自分が子どものころには確かにあったはずの唐辛子畑が、改めて探してみるとほぼ消滅状態。
調べを進めるうちに、三豊市詫間町で香川本鷹を栽培している高齢の農家に出会った。「門外不出」と最初は取り合ってくれなかったが、何度も通ううちに、どうにか種を分けてもらうことができた。調査を始めてから2年後のことだ。

本鷹3s
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香川本鷹復活プロジェクト

香川本鷹の特徴は、その大きさにある。標準的なサイズで7−8cm、大きなものでは10cmを超えるものも。一般的な鷹の爪よりも辛味が強く、うま味も感じられるという。

糸川さんは「これを再び香川の特産品として復活させたい」と考え、農協や市役所の職員、加工業者らと「香川本鷹復活プロジェクト」を立ち上げた。栽培の地に選んだのは、詫間町から東におよそ40km離れた瀬戸内海の島々、塩飽(しわく)諸島(香川県丸亀市沖)。
温暖で雨が少ない島は、栽培地に最適だ。単に栽培を復活させるだけでなく、高齢者の生きがいになる農業として、島おこしにつなげたいと考えた。唐辛子の株は地上1m程度と低く、サヤは軽くて扱いやすい。

本鷹4s
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2006年、塩飽諸島の手島と広島の8戸8aで復活栽培が始まった。生産者は70歳以上の高齢者。ご存知のとおり、唐辛子は乾燥させてから使用する。レタスやキャベツのように、収穫後に市場に出荷して小売店に並ぶような流通は難しい。そこで、一味や七味に加工する業者が全量買い上げてくれる出口もつくり、支援した。
しかし、環境や技術の差で、どうしても生産者による品質の差は生じてしまう。体を壊してやめていく生産者もいた。生産戸数の増減を経て、結局、2021年、丸亀市塩飽諸島で残った農家は2戸。そのうちの1戸は2021年限りでやめることを決め、残る80歳代の夫婦は種を残す程度の栽培に縮小している。

本鷹5s
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再び、絶滅の危機?

糸川さんが分けてもらった貴重な香川本鷹の種は、その後、県の農業試験場が種採りと大きなサヤができる選抜のための栽培を続け、県内の生産農家に提供している。2020年からは香川県産野菜のイメージアップ事業「さぬき讃ベジタブル」の取り組みが始まり、香川本鷹もイメージアップの対象品目となった。現在は幅広い年代で新たな生産者と新たな産地が増え、約20数件が栽培していると思われる。しかし、まだまだ安定的な生産に至っていないのが現状だ。

本鷹6s
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生きがい農業としても

先ごろ厚生労働省が発表した健康寿命の全国平均は男性72.68歳、女性75.38歳。人は定年後もまだまだ元気だ。
「これからは、香川本鷹のような高齢者にも栽培しやすい農作物を、地域に根ざした“生きがい農業”として、経済と福祉の両面から支えるようなしくみが必要」と糸川さんは考えている。

本鷹7
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もっとも肝心なことは、実際に食べる=消費することだ。香川本鷹は香川の郷土料理に使われてきた。例えば、フナのてっぱい(酢みそ和え)、醤油豆(乾燥そら豆を炒ってしょうゆに漬けたもの)、なすそうめん(なすの煮物にそうめんを入れたもの)など。これはこれで大事な食文化だが、時代は21世紀。
「もっとスパイスとしての利用をアピールして、若い人たちも喜ぶようなイタリア料理なんかで新しい使い方が広がったら」と糸川さん。

幻の唐辛子、香川本鷹復活プロジェクトが始まってから2021年で15年。当時を支えた県職員OBの頭の中では、今も続編「発展プロジェクト」構想が続いているように見えた。

本鷹8
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