愛媛県大三島でオンラインの大人向けピアノレッスンの講師と地域社会における芸術文化の発展・持続可能社会の実現を目指すNPO法人しまなみアートファームの代表を務める吉田佳代さん。大三島に移住したきっかけや、音楽に対する熱い思いを聞いた。
音楽と出会って青年海外協力隊へ参加するまで
3人兄弟の末っ子として生まれ、音楽が好きで、幼少期から兄弟が弾いているピアノに合わせて歌うなど、小さい頃から音楽に触れて育った吉田さん。音大に進学し、クラシック音楽を専攻した。そこで在学中に受講した“民族音楽学”の授業に感銘を受け、担当教授に懇願し、一緒にフィールドワークでインドを訪れた。日本と西洋文化しか知らなかった吉田さんにとって、インドでの経験は、衝撃と高揚感を感じとても刺激的だったという。
また、長い間ジャズに興味を持っていたこともあり、音大卒業後はジャズの本場であるアメリカへと渡って、現地の大学で専門的に学んだ。
「当時はアメリカに行かないとジャズの勉強ができませんでした。どういう風に音楽ができているのかということに加え、異文化には興味がありましたね」
学位取得後は、ロサンゼルスに拠点を移しピアノ演奏活動や教室運営に従事。このままアメリカに住もうかと考えていた時に知人の弟が青年海外協力隊に応募していることを聞いた。 そして、音楽隊員の募集があることを知り、そういう選択肢もあるのかと興味本位で応募したら合格。そこから、協力隊として2か国で経験を積むことになる。
チュニジア共和国での経験
チュニジア共和国で2012年から2年間、文科省付属の音楽院で6歳~20歳の生徒を指導した。派遣されたのはジャスミン革命の1年後で、国民の間では西洋的で新しいものの見方や考え方、アイデアを積極的に取り入れようという雰囲気が広がっていた。西洋音楽の普及もそれにあたり、音楽隊員としての活動中は国民の関心度の高さを肌で感じたという。
またチュニジアには当時、文科省付属の音楽学校が20校ほどあったが、シラバスや教育要綱が整っていなかったため、まずはそれらを作成する事業が立ち上がった。吉田さんの活動先をモデル校にして、シラバスを作成し普及活動を始めようとした矢先、テロが発生しプロジェクト自体が中止になった。
ジャマイカでの経験
テロが発生しなければ、チュニジアでの活動を継続していた吉田さん。偶然にもジャマイカで音楽隊員の派遣要請があり、すぐに渡航を決意。
「小さくて決して裕福とは言えない国が、“レゲエ”という音楽で世界に多大な影響を与えたのはなぜだろう?と思い自分で行って知りたいと思いました。」
そこでジャマイカの芸術大学音楽学部にピアノ講師として赴任。音楽の学位取得を目指し、レゲエミュージシャンとして生計を立てるような学生に指導した。ジャマイカでの活動では、自分が信じてやってきたものが根底から覆されたという。
「彼らの音楽性と芸術性の高さにはものすごく衝撃を受けました。音楽は彼らにとって生きていくために必要不可欠。見よう見まねでギターやピアノを演奏する人が多くいます。一方、西洋音楽は教育や訓練で身につけるという要素が強く、学位取得のためにはどうしても教育的要素が必要。なのでそのあたりをうまく指導する必要がありましたし、生徒とよく衝突していました」
生徒が今までどのように音楽を理解し、どのようなプロセスで習得していったかを考えながら教育的・訓練的要素を入れていく、悩みながらの活動ではあったが非常にやりがいがあり、常に彼らの音楽性を尊敬していた。ジャマイカでは、職業訓練所に音楽のコースがあり、職業のひとつとして認められている。
イギリスの大学院進学を決意
音楽に対して多角的に考えるきっかけになったジャマイカ。協力隊任期終了後には、イギリスの大学院にて”Music in Development(民族音楽学+開発学)”を専攻し2020年に卒業。ジャマイカで教えていた学生はレゲエミュージシャンとして世界を飛び回り、吉田さんがイギリス留学中にツアーで再会したそうだ。
しまなみアートファーム設立に至るまで
長年海外で暮らしていた吉田さんにとって、日本で自分の拠点を見つけようと直感で選んだのが愛媛県・大三島。コロナ禍でオンライン事業を立ち上げておけば、今後どこにいても仕事ができる、自分の経験を活かして何かできることはないかと、大人向けのオンラインピアノレッスン「Musicking」を始めた。一方で、芸術やアート、音楽関係のNPOを大三島で立ち上げたら面白いのではと考え、2021年8月に協力隊時代の仲間や大三島の地元の方たちと一緒に「NPO法人しまなみアートファーム」を設立。できること、やりたいこと、必要とされていることをまずは見つけていくことが今の課題。
大三島には他県から移住してきた仲間も多く、地元の人を含めてイベント時にはお互いの得意な分野で協力し助け合っている。
今後の目標は
「ハイカルチャー=クラシック音楽やオペラ、バレエ、舞台芸術等を一般へ普及していくことが、高度経済成長期に近代化を進める中で、日本の経済力ともなっていったけれど、これからの芸術振興は全く逆の方向だと思います。 地元にあるものが、古臭いもの、時代遅れなものとして廃れているなか、それらを掘り起して焦点を当て、その価値を再認識していくことも重要だと考えます。外国の音楽や文化も自分たちが大切だと思っているものと同じぐらい重要であるということを伝えたい。それが異文化理解や多文化共生にもつながるのではないでしょうか」
文化芸術方面から多様性を広げ、自分たちのアイデンティティも見直していけるような活動をしたいと語る吉田さん。
また今後、日本からジンバブエにメロディカ、リコーダー、ハーモニカなどの中古の楽器を送るプロジェクトをスタートする予定。