岡山市中心部の飲食店街に店舗を構える藤田酒店の後継ぎ、藤田圭一郎さん。独学で磨いてきたウェブの知識を活かし、家業をサポートするITサービスを次々と導入。また、学生の長期インターンシップ求人サイトを立ち上げたり、地域発のベンチャーキャピタル(VC)ファンドを設立したりと、自身の“やりたいこと”を次々と形にしています。
そんな藤田さん、学生の頃から起業したいという思いを抱きつつも、20代半ばで家業に入った頃には「何のアイデアもなかった」と話します。一体どのようにして次々とビジネスを手掛けるようになっていったのか。紐解いていくと、起業を志す人が参考にしたい、ビジネスのヒントが見えてきました。
「安定」の概念が変わった学生時代
藤田さんは自分自身のことを「安定志向が強い」と話します。関西の大学へ進学し、選んだのは法学部。法律家や公務員を目指してのことでした。しかし、当時メディアを賑わせていた堀江貴文氏や藤田晋氏らの活躍を目の当たりにして、起業に憧れを持つように。そして、成果報酬型のアルバイトやベンチャー企業でのインターンシップなどを経験して、安定という言葉の概念が変わってきたと言います。
「ベンチャー企業でサバイブすることが本質的な安定だと今は考えています。会社が潰れようと、もう一回ベンチャーを立ち上げられるとか、転職する能力があるほうが安定だと思っているので、安定志向というのは変わっていないですね」
自分のいる場所で見つけた課題を解決する
大学卒業後は会社員として働き、20代半ばで家業に入った藤田さんですが、後を継ぐように言われて岡山に戻ったわけではなく、起業する準備のために自ら選んだ結果とのこと。当時、ビジネスアイデアは何一つなかったと言います。
「クライアントが困っていることを解決するということをやっていたら、それが仕事になっていって」
例えば、飲食店へ酒の配達や営業を行う中で求人に課題があると分かり、無料で情報掲載が可能なナイトワーク系の求人サイトを作りました。そして、これまで取引がなかった営業先へのドアノックツールとして使い、新しい販路を開拓していったのです。
また、一般消費者への販路拡大を検討する中で、オンラインギフトのニーズに着目した藤田さんは、オリジナルラベルを貼った酒を1本から注文できる「スナップリカー」というサービスを開始。コロナ禍で大きく需要を伸ばし、飲食店への売上が落ち込んだ酒類の販売を下支えしました。2020年には、取引先の飲食店のメニューを藤田酒店のスタッフがデリバリーする「Fujita Eats」も始めました。
「家業にコミットしていたら自ずと見える世界はその周辺になるので。自分がいる時間が長いドメインの中で課題を見つけやすいとなると、自然とそこで起業することになるのかなと」
小さく始め、実践の場を用意する
事業を始めるときに必要となるのが、ウェブサイトの立ち上げなどIT面の整備。外注したり有料サービスを使ったりすると、それだけで多額の費用がかかります。しかし藤田さんは、独学でプログラミングなどのスキルを習得し、内製できるようにしました。
「ウェブエンジニアリングやウェブデザイン系は、一通り自分でできますね。自分でプロトタイプを作ることができるので、あまりお金がいらないです」
藤田さんは家業の他に、コンテンツクルー(ウェブサービス開発・運用)、COMPUS(学生の長期インターンシップ求人サイトの運営)という2つの会社を立ち上げていますが、両方ともほとんどの業務を、インターンシップ(アルバイト)の学生が、リモートワークで担当しています。プログラミングなど、実践的な仕事の場を経験したい学生に活躍の場を与え、会社としては外注費や人件費を圧縮できているのです。Fujita Eatsのシステムも、全て学生のインターン生が開発しました。
また、藤田酒店でもインターン生が活躍しています。
「藤田酒店として新卒採用マーケットに名乗りをあげても見向きもされないですが、長期インターンという実践的な仕事の場として用意すると、優秀な学生が来てくれるんです」
地方企業が長期インターンシップの場を用意することは、大都市にいる優秀な学生たちがUターンやIターンでその地域へ就職をするチャンスを増やすことにもなり、地方活性化につながると藤田さんは話します。
仲間をたくさん作る
藤田さんはこのほど、瀬戸内地域のスタートアップ企業へ出資するVCファンド「Setouchi Startups」を立ち上げました。ファンドは、クリエイター支援を行うシロシの山田邦明さんと共同で運営。岡山の有力企業などから1億円を集め、20社ほどへ出資することを目標にしています。
ファンドを立ち上げる狙いは、地域で起業家として共に頑張る仲間を増やすことにあるといいます。
「スタートアップ起業家が好きで、岡山であまりいなかったので生み出したいなと。あとはコミュニティ化したかったというか、自分の周りにスタートアップ起業家がいてくれる状況が欲しかったので」
ファンドへの協力者も、藤田さんのこれまでの起業家としての活動や、スタートアップ支援のなかで出会った人たちだといいます。助けてくれる仲間の大切さを、誰よりも実感しています。
「起業家の成長にコミュニティの存在ってとても大事だと思っていて。先輩起業家が教えてくれたり、アドバイスしてくれたりする環境をとても大事にしています」
起業家として生きる
藤田さんにゴールを聞くと、『豊かに生きること』だと教えてくれました。10年後も起業家と一緒においしい酒を酌み交わすために、いつまでもプレーヤーであり続けたいと話します。
家業のため、クライアントのため、学生のため、地域のためにと奔走しつつも、その原動力は「自分自身がどういう生き方をしたいか」という強い信念なのだと、取材を通して感じました。