子どもの近視をいかに進めないようにするかということが、小児医療の分野で大きなテーマになっています。子どもの頃から強い近視になると、成人してから近視の進行に伴う病気になる可能性が高まるからです。
放っておくと急激な視力の低下や失明を招くことのある、「病的近視」。しかし、近年は医療の進歩によって、治療可能となった多くの病気があります。今回は、そんな病的近視の代表的な事例や近年の状況、そして病気のサインに気付くために大切なことなどを、倉敷成人病センター(岡山県倉敷市)の副院長・アイセンター長の岡野内俊雄医師にインタビューしました。
病的近視とは
通常の近視は単なる屈折異常で、眼鏡やコンタクトレンズをすれば、矯正視力が1.2~1.5ほど出ます。ところが、矯正しても視力が1.0も出なくなってくる状態。網膜の黄斑というカメラでいうとフィルムの部分、映像が映る部分に問題が起こるため、いくらレンズで調節しても視力が出てこない状態になるのが病的近視です。矯正して視力が出ている間は、病的近視とは言いません。
※後部ぶどう腫を有する状態も病的近視と呼ぶ
近視の進行に伴う主な病気
視力が落ちていく目の変化に黄斑の「萎縮」というものがあります。従来は矯正しても視力が出ないのは、全てこの萎縮のせいだと考えられていました。しかし、近年の検査機器の進歩によって、この萎縮にプラスアルファして起こる病気というものが分かってきました。大きく2つに分けて、近視性の黄斑症(脈絡膜新生血管)、近視性の牽引黄斑症(黄斑分離、分層黄斑円孔、黄斑円孔、黄斑円孔網膜剥離)というものがあります。
放っておくとどうなる?
黄斑という視力に直結する部分に問題を起こす病気ですので、早期に治療しない場合は、いくら矯正しても0.0……という視力までしか出ない目になってしまいます。字も読めないし、人の顔を見ても分からないというような状況です。萎縮だけが進行しても徐々に視力は落ちていき、プラスアルファの疾患を伴うと一気に落ちていきます。また、黄斑円孔網膜剥離については、放っておくと失明してしまいます。
どのように治療する?
萎縮に対しては今のところ治療法がありません。しかし、プラスアルファの病気については、手術技術の進歩も相まって、多くの疾患が治療可能になってきています。黄斑症(脈絡膜新生血管)については硝子体注射(内科治療)、牽引黄斑病(黄斑分離、分層黄斑円孔、黄斑円孔、黄斑円孔網膜剥離)については硝子体手術(外科治療)を行います。治療することで、落ちていた視力が改善します。
※疾患と発症後の時間経過によって改善程度には差がある。
どのような人がなりやすい?
なぜかは分かっていませんが、女性の方が多いです。また、基本的には若い人にはあまり起こらず、中高年以降に生じてきます。早くて30代から(分層黄斑円孔)です。近視も度数によって、軽度・中等度・強度とあるのですが、強度近視の人がこうした変化を起こします。
強度とは、例えば成人では近視度数が-8d(約12cm先より遠くにはピントが合わない状態)ほどの状態です。ほとんどの人は-3dから-6dぐらいまでですから、あまり心配する必要はありません。眼鏡もコンタクトも外した状態で、30cm離して読書ができるようだったら、大丈夫です。
病的近視の盲点
近視の人の盲点は、もともと自分は「目が悪い」、矯正しても視力はあまり出ないと思っていることです。萎縮が進んで少しずつ視力が落ちていっても、「そんなものか」と思ってしまう。それが落とし穴につながります。また、全ての目の病気に通ずることですが、片目に何かが起こっていても、効き目でない場合は気付かないことが多いです。
病気のサインに気付くには
近視の強い人は、時々何でもいいので家の中で片目ずつ見ると、早期に異常を見つけるのには有効です。また、医療機関では検査に「アムスラーチャート」という碁盤の目のようなシートを使っています。例えばそれを冷蔵庫などに貼っておいて、ちゃんと見えているか、波打っていないかなどを見るのが、一番良いセルフチェックです。
OCT(光干渉断層計)という検査をすることで、これらの病気はほぼ確実に分かりますので、心配な方は、OCTの検査ができる医療機関を受診してください。
子どものためにできることは?
病気のベースは大人になってからではなく、学童期の近視の進行です。近視の進行には、遺伝もありますが、それ以上に環境因子が強いです。パソコンやタブレット端末、スマホなどで近見作業が増え、世界的に近視人口が増えてきています。とにかく近見作業を減らすことが大切です。
日本眼科医会も、30cm以上離して作業すること、30分に1度は遠くを見て近見作業を連続させないこと、また日光に当たることも重要で、1日2時間は屋外に出ることを啓蒙しています。
取材を終えて
近年の検査機器、手術技術の急速な進歩などによって、これまで分からなかった近視の進行に伴う病気が分かってきたこと、その治療ができるようになってきたことは、明るいニュースと言えるでしょう。
一方で、こうした知識や情報を一人一人が身に付けておかないと、「自分は目が悪いから」とか「これは治療できないから」といったような、誤った解釈で、治せる病気をより悪化させてしまうことにつながりかねません。
情報を集め、将来の病気から自分を守るとともに、子どものスマホ、パソコン等の長時間の利用についても、今一度注意をしたいところです。
倉敷成人病センター副院長・アイセンター長で、専門は網膜・硝子体疾患、黄斑疾患。 特に黄斑円孔網膜剥離の手術においては、2018年度から2020年度で執刀した8件全てにおいて、非常に難易度が高いとされる、網膜剥離の復位かつ黄斑円孔を閉じる同時治療を成功させる。