大阪の都心部、近年は利便性のよい住宅地として人気の福島区に「バルクショップ」と呼ばれる業態の店がオープンしました。いまひとつ耳なじみの薄いバルクショップという言葉ですが、端的に表現するならば量り売りの店。ナッツやドライフルーツ、スパイスといった食品を、客の側が容器を持参する形で購入できるのが特徴で、国際問題のひとつにも数えられるプラスチックごみの削減に寄与することが期待されています。
6月下旬にオープンしたfu tai(フウ タイ)を営むのは、本業で宿泊施設の運営に携わる杉山絵美さん。バルクショップそれ自体を知って間もないながらに、新しい消費のスタイルを提案する杉山さんに、いかにして副業という挑戦に乗り出したのか、店を通して知ってほしいことは何かを聞きました。
1冊の写真集との出会いから副業を決意
杉山さんがバルクショップのことを知るきっかけになったのは、本業の勉強にと訪ねた宿で手にした1冊の写真集でした。そこで被写体となっていたのは、海洋ごみの大半を占めるプラスチックごみ。ドイツ人ファッションデザイナー、ヨーガン・レールが現実を真摯にとらえた記録の数々は、杉山さんの心を大きく動かすことになりました。
「こんなにたくさんあるんだって、印象に残りましたね。ちゃんとごみを捨てているつもりでも、その後の工程で海に出てしまうことがある。そういうことを知ると、まずはそもそものごみの量を減らさないといけないんだなって。そこから自分なりに調べて、量り売りの店が増えていることを知りました」
そうして、バルクショップに出かけてみようと考えた杉山さんでしたが、意外にも生活圏内の大阪市内には見当たらず。日常的な買い物に使う店が手に届く範囲に存在しないことを知り、「それなら自分が」と開業を決意したといいます。この時点で、杉山さんは実際のバルクショップを利用したことさえありませんでした。
思い切った選択のようにも思えますが、そこは普段から「やったことのないことをしたい」という杉山さん。京都のバルクショップに足を運んだほか、オンライン講座の受講、さらには動画の視聴などを通して、店舗運営に必要なノウハウを身につけていきました。物件の契約を済ませると、自ら室内をリフォームするなど、ここでも持ち前の行動力を発揮。2か月ほどの準備期間を経てプレオープン、そしてグランドオープンの日を迎えました。
「SNS上の告知もあって、最初から容器を持ってきてくださる方が目立ちましたね。『いい店だ』って言ってくれる方もいて。好きな量が買えるとか、選ぶ楽しさがあるとか、環境問題以前に私がバルクショップに行ったときと同じワクワク感を持ってくださるのもうれしかったです」
量り売りというスタイルゆえに見えてきた地域の人の行動の変化に、杉山さんはおだやかな表情を浮かべながら好感触をつかんでいるようでした。
環境問題を考える“きっかけの店”に
コンセプトの一貫性を追求する目的で、商品のセレクトについてもフェアトレードや農薬不使用など、環境への負荷が少ないものを取り扱っているfu tai。ですが、必ずしも完璧を求めているわけではないといいます。
「私もまったくプラスチックを使っていないわけではなくて。完璧を目指すとやっぱりしんどいし、生活に無理が生じちゃうので、本当にできることからですよね」
「スーパーでも、パッケージされてない野菜とかあるじゃないですか。選び方ひとつでちょっとベターな選択はできると思うんですよ。そんなふうに視点や基準を変えるだけで、工夫できることはあるなって思ってるので」
そんな語りにも表れている通り、杉山さんはfu taiを「きっかけの店」にしてほしいと考えています。たとえ小さな取り組みであっても、一人一人の意識が変われば大きな力になる――そのことを、量り売りの楽しさを入口にして知ってほしいというわけです。
だからこそ、開業準備中からの継続課題である品揃えの充実と並行して、情報の発信にも力を入れたいそう。SNSなどを通して、量り売りという購買のあり方を紹介する構えです。
「近くの人に愛される店だったらいいんですけど、こういうお店があるよとか、こういう買い物の方法があるよっていうのは、全国の人に発信できると思うので。バルクショップのことを沖縄の方が知って、沖縄に店ができたらいいと思いますし」
自分の店が儲かるというよりは全国に普段づかいの店が根づき、そこからゆるやかに、義務感からではなく楽しみながら、ライフスタイルを変化させる人が増えることを願う杉山さん。はかりと瓶、トングというシンプルな構成で、なおかつ杉山さんのように副業でも始められるバルクショップには、ごみ問題という地球規模のテーマに向き合うだけのじゅうぶんな可能性が秘められているのかもしれません。