手話で歌詞を、ダンスで音楽を表現するUD(ユニバーサルデザイン)ダンス。手話を使って踊ることで、障がいの有無にかかわらずエンターテインメントを楽しむことができます。
神奈川県平塚市でダンススタジオを運営する北村仁さんは、UDダンスを通して、ユニバーサルデザインを大切にする社会環境の実現を目指しています。
「手話って、勉強する!ってなると苦手!ってなるけど、なんか、それってもったいないなぁって思って。音楽やダンスを通じて手話を知るとすごくハードルが下がるんですよね。もっと、この文化が広がれば、エンターテインメントをきっかけに手話に触れることが多くなって、手話を学ぶ人が増えるんじゃないかって思うんです」
UDダンスが居場所づくりに
2010年に手話のダンスパフォーマーグループに加入して手話に触れた北村さんは、その後障がい者教育や支援を学ぶ道を選択します。
「グループにいる時、手話で踊ることで感謝されました。それで、ろうの人と一緒に楽しみたいって気持ちが大きくなったんです。そのためにも、勉強が必要だと思いました」
障がいの知識を学ぶために就職した会社では、耳の不自由な子どもたち以外にも、生きづらさを抱えた子どもたちに“居場所”が必要だと感じたそうです。
「UDダンスを広げていく理由は、エンターテインメントからより手話を広げるという考えと、ダンスが踊れるようになって認めてもらうことで居場所を作るという考えの2つの柱が必要なんじゃないかと。実際、障がいのある子は、習いごとでもなんでも断られたりすることが多い。本当に必要な子が、居場所をなかなか確保できないという現実があるんです。居場所として認め合える環境も、UDダンスから育んでいきたいですね」
その後、2019年に独立。自身がUDダンサーとして活躍する一方で、平塚市のスタジオでUDダンスを教えながら、子どもたちの支援を行っています。
振り付けを考えるときのこだわり
北村さんは振り付けを考える時、歌詞そのものではなく意味を訳したものを手話に変換します。
「例えば、”翼をください“という歌詞をそのまま手話にすると、大空にむかって、翼を広げるように手を大きく伸ばしてバタバタする格好になりますが、見る人よってはそういう抽象的な概念が伝わりにくいことも多いんです。だから、歌詞の意味を訳して、”今の環境を変えて新たなステージに立ちたい“とか、そういうふうに伝えたいことを翻訳する。そのほうが結果的に心に伝わる自分らしいUDダンスなるんじゃないかと」
耳の不自由な人にとって、手話は第一言語。国や地域が違えば手話も違う。自分の生い立ちや環境で手話の訳し方も変わってくるそうです。
「ぼくも最初は『世界共通、全部一緒がいいじゃん』って思っていました。でも、方言があるように、手話も、1人1人の生き方によって違うことが当たり前だと思うようになりました。関東と関西も違いますし、家族だけの手話”ファミリーサイン”というのもあるんです。よく考えると全部いっしょだと個性がなくなって、手話ってつまんなくなるんだろうなって。1人1人違うからこそ、自分らしさにつながる。だからこそおもしろいんですよ」
現在は、スタジオの生徒が踊るダンスは北村さんが振付を行いますが、将来的には友達と一緒に、自分たちの手話で、UDダンスを作ってもらいたいと話します。
海外ではコンサートに手話通訳者が立つことも
海外のコンサートでは、手話通訳者が横に立って歌を翻訳してくれることもあるそうですが、日本では、まだまだ少ないといいます。
「例えばバックダンサーがUDダンサーで、アーティストの通訳ができる世界。ろうの方も、エンターテインメントを楽しみたい方もいるので、アーティストのコンサートに行く時には、通訳者として誰かに同行してもらうこともあります。アーティストと同じ舞台に手話通訳者がいれば、同じ視点で音楽を楽しむことができます」
そのためにもUDダンサーを増やしていきたいと話す北村さん。誰もがエンターテインメントを楽しめて、「障がいがあるから」とか「障がいがあるけど」といった言葉が減っていく社会を目指しています。
UDダンスを広めていくこと
現在北村さんは、UDダンス100か所巡りを目指し、全国ツアーを行っています。
「スタジオでは、オンラインスクールも実施しているのですが、北は仙台から南は熊本まで、UDダンスに興味のある人が増えてきたんです。『UDダンス楽しいよね』といろいろな地域に広まっていけば、よりUDな世界がつくれるんじゃないかと思って」
小・中学校や、特別支援学級をはじめ、ママサークルやオンラインサロンなど、障がいの有無にかかわらず老若男女、幅広い世代、合計75団体からのニーズを受けて、6月からオンライン対応もできる全国ツアーを開始しています。
他にも、学校での公演やワークショップ開催、選抜メンバーによるUDダンス動画配信など、さまざまな挑戦を続けています。また、シンガーソングライター天道清貴さんや、手話通訳コンビ「ケーマトーマ」とのコラボレーションも実現し、活動の幅はどんどん広がっています。
大切なことは、UDダンスが踊れるだけでなく、手話をもっと身近に感じて興味持つ人が増えること。そのためにも、手話をエンターテインメントから広げて、楽しいと思ってくれる人を増やしていく。そして、障がいのある子や生きづらさ感じている子どもたちの人生を、エンターテインメントを通して豊かにしていきたいと話します。
北村さんは、これからも前を向き進んでいきます。手話とダンスで世界をつなぐユニバーサルデザインな社会環境を目指して。