ビジュアル系バンドを彷彿とさせるメイクの6人組バンド「背徳の薔薇」。そんな彼らがフィールドとしているのは、楽器を使わずに演奏する「アカペラ」だ。
2015年と2019年には人気バラエティ番組「ハモネプ」にも出演し、主催ライブのチケットを数十秒で完売させるほどの人気を誇る。今回は「背徳の薔薇」のバンドマスターであるJぺいさんこと豊田隼平さんに、音楽活動にかける思い、そしてアカペラの魅力について尋ねた。
アカペラをビジュアル系で
「背徳の薔薇」は、Jぺいさんが大学5年生のときに、アカペラサークルの後輩らに声をかけて結成した。ビジュアル系のルックスは、Jぺいさんの趣味。ほかのメンバーは全く興味がなかったが、Jぺいさんが5年生ということもあり、サークルの後輩からしたら従うしかなかったそうだ。
「活動範囲もサークルの中で『面白いな、あいつら』と思われるくらいのポジションでいいかなって思っていました」
ところが2014年、日本最大級のアカペラストリートイベント、『Japan A cappella Movement』(以下JAM)に応募したところ、本選まで勝ち進み、審査員特別賞を受賞。「あ、なんか結構いいな。いけるんだな」という感触を得て、大学卒業後も活動を継続した。
2015年9月には、『アカペラ日本一決定戦 ハモネプ全国大会』(以下ハモネプ)に出演。その反響は大きく、Twitterのトレンドには「背徳の薔薇」の文字が浮上した。
「そこまで結局なんかやめられない流れが続いているというか。辞めようとしたら、僕たちの出たい大きな何かしらがあって」
「せっかくハモネプに出て、テレビの力って大きくて、お客さんも増えたりとか、そうなったときに、これだけで辞めるのはもったいないなってなって主催ライブを打ち出したりした」
新しい形に時には批判も―
順風満帆に見える背徳の薔薇だが、ビジュアル系の曲は、テンポが速く、言葉数も多いので演奏していて疲労が大きい。メイクは時間がかかり、衣装はお金がかかる。移動の際に衣装を持っていくだけでも一苦労だ。
「基本的には面倒くさいです。面倒くさいとこが一番の大変さなんですけど、そこがよさではあるんですよねやっぱり。誰でも思いつくんだけど、面倒くさいから多分誰もやらなかったんだと思うんですよ。もしかしたらなんか言われるかもしれないし。だから、それが俺たちの良さだなって」
時には批判的な意見もあった。活動当初、動画をあまり公開していなかった背徳の薔薇。「JAMで審査員特別賞を受賞」という情報のみがSNSでアカペラが盛んな関西などに拡散された。
「なんか色物で(賞を)もらっている奴がいるとか言われることもあったし、ビジュアル系が好きな人から、『なんだこいつら』みたいなことを言われたこともちょいちょいあった」
SNSで批判的なコメントを見るとむっとすることもあったという。それでもめげずに背徳の薔薇は活動を続けた。
「やっぱり、動画だけでは魅力が伝わらないグループなので。ライブの面白さとかっていうものもこみでの自分たちだって思っていた。関西で初めて大きいところでライブした時には、値踏みしているような見方をされた気もするんですけど、ステージが進んでいくにつれて、一気に受け入れられていくっていう快感がすごくあった。知らない土地でライブをして、大勢の人が、じっと見ている中で。あれは逆にすごくいい逆境だったというか。めちゃくちゃ気持ちいい瞬間でした」
活動休止、そして再結成。
背徳の薔薇は2017年3月、主催ライブ「背徳之狂宴 – The Final -」を機に活動休止。Jぺいさんは当時を次のように振り返る。
「今でこそかなり変わったが、社会人になってもいつまでも学生と一緒にアカペラをやり続けていることが、あまりかっこいいことじゃないという気持ちが学生から見るとあり、当時は解散するくらいのつもりでいた」
アマチュアとして完全に手作りで、1000人規模のイベントの開催、ミュージックビデオの作成、グッズ販売などを行っていた。多忙なスケジュールで限界迎えていたJぺいさんは、ライブをやる度に体を壊していた。
「2016年の終わりでアマチュアとしてはかなり限界点だなっていうところまでは体感できた。ある種、達成感もあって」
しかし、2017年の終わりごろ、ある会社から「よかったら活動手伝うけどやってみない?」と声がかかった。
「ライブづくりやマネジメントなど必要なところを手伝うよって言ってくれて。メンバーで話し合った。そうしたら、今まで俺たちにできなかったことができるかも知れないってなって、1年間復活しましょうってなった」
社会人との両立。その難しさを感じる―
2018年、休止から約1年あけての再集合。活動は、社会人になったメンバー全員が、仕事と並行して行った。「過去の自分たちを超えなければ」という気持ちで活動したが、社会人との両立は簡単なものではなかった。
「その1年間で社会人を続けながら、それぞれライフスタイルとか、バンドとの向き合い方があるなかで、(今までを)超えていくことを目標にみんなで活動していくことはすごく無理があって。各々にすごくストレスがたまるなって思ったので、その1年でとりあえず終わりにしようと。これからは解散とか言わずに、続けていくけど、緩やかにやっていこうと切り替えた」
決意を新たに、区切りのライブを3月に開催。すると思わぬ出来事が。
「3月に(ライブを)やった瞬間にまた、ハモネプやるぞってなって。それで2回目のハモネプ。2019年出るみたいな流れに」
2015年同様、辞めようとしたらライブがある。2019年に再びハモネプに出演した。その反響を活かして、主催ライブを開催した後は、決意の通り緩やかに活動を続けた。
「(2021年)5月にはみんなでキャンプに行ったりとか。(アカペラ)関係ないですけど(笑)。でも、音楽活動もやろうという話が今年出ていて、それこそ今ちょっと何かしら準備をしていたりとか……します」
社会人となってもアカペラを続けるモチベーションとは―
「アカペラというか、僕の中では音楽活動になるんですけど、自分でもなんでこんなにやってるんだろうなって思うときはある」
音楽活動は唯一のコミュニケーションの手段と語る、Jぺいさん。中学生の時に音楽・バンド活動を開始してから、人とのコミュニケーションはほぼ音楽で占められていた。
「そういう中で自分のやれることが、バンドを作るとか、活動内容を考えることで、自分が『必要とされる場所』だっていうふうに思えた。そこが音楽活動を続けていくモチベーションとしてはある」
「あとは、シンプルに目立つのが好きなんで。これは本当に。目立つのが好きだし、人が喜んでいるのを見るのが好き。そういう僕にとってはライブを作って、音楽・ステージを作って、お客さんがいて、集まって、喜んでくれて、リアクションを目の前でもらえるということが、もうこの上ない喜び。人生の中で手放すことは考えられないな。それが音楽を続けていく僕のモチベーションなのかなって思う」
Jぺいさんが語るアカペラの魅力
最近は、年に数回しかアカペラをしないという。しかし、久々にアカペラをした時に、アカペラの魅力を感じるそうだ。
「あの音楽自体の面白さとか、心地よさっていうのは、最近、より感じるようになった。あの音楽の形をやりたいって思うモチベーションは、やっぱアカペラ特有の魅力があるんだよなって」
アカペラの魅力といえば、声だけでハモった時の気持ちよさが挙げられるが、Jぺいさんはそれ以外にも魅力を感じているという。
「個人的に感じる魅力は、『人との距離の近さ』かなって思っている。(楽器を使う)バンド練習で6人も集まったら、あんな(アカペラみたい)に狭い空間でやることないんですよ、近くに居たら当たっちゃうし、うるさいし」
「でも、アカペラで練習をしていると、狭いところで6人で歌って、お互いの声に集中して聞きながらやるってことって、すごく人と人との距離感を縮めるし、(音が)あったときの気持ちよさっていうのは、人とつながった気持ちよさみたいな。ほかの音楽にはないものがあるなって思います」
「人のことを楽しませたい」は揺るがない
先日30歳を迎えたJぺいさん。将来像を聞くと意外にも「正直迷っていますね」と返ってきた。
「ライブが大好きな人間なので、(コロナ禍で)満足のいくライブが1年半くらいできていないなかで、『俺のやりたかったことどれだっけ』みたいになっちゃう瞬間が最近結構あります。だから、今それ聞かれると答えに詰まっちゃう。そのくらい結構しんどい状況ではある」
それでも、音楽活動を続けるモチベーションでもある「人のことを楽しませたい」という部分だけは、揺るがない。
「自分が考える面白いことを形にしていくっていうことをやっていきたいなっていう。なんかそれをずっと続けていきたいなっていうことだけですかね。ずっとあるのは」
Jぺいさんは現在、「ウルトラ寿司ふぁいやー」というバンドでも精力的に活動中だ。